きょう、所要で上野に行きました。で、古書店を見つけました。
そのお店は上野駅の横にある、上野セントラルという映画館の入っている建物の
1階と地下にありました。
中に入ると、お店の脇に映画館の入り口があったのですが、そこに張り紙があって、
「上野セントラルは平成18年5月14日を持ちまして閉館しました。
長年にわたりお客様のご愛顧を賜り心より感謝申し上げます」って書いてある…。
5月14日って、先週閉館したばかりじゃないか……。
それに隣にあった上野東宝もいつのまにか新しいビルになって映画館がなくなってる!
香港でも従来タイプの古きよき映画館はほとんど消滅しました。
東京はまだ多少残ってたけど、こうしてどんどん消えていく。

で、その古書店。地下のフロアが意外と広い。
なぜか文庫本コーナーがあちこちに複数あったりして不思議だなと思ったら、
いくつかの古書店が合同で出店しているらしく、
そのため戦前の箱入りの骨董品のような文学本の棚の横に、ビニール袋に入ったエロ本を
積んだワゴンが置いてあったりしてアナーキー状態です。そう、こじつけでたとえるなら、
高層ビルのふもとに屋台がある香港状態、ということです。こじつけですよ。学芸員Kの
ポリシーは、なんでも香港に結びつける、ですから。
そんな古本の無秩序な大海を泳ぎながら、期待せずに棚に並ぶ背表紙を目でたどってみたら、
香港本がありました~。
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日本経済新聞社の「日経新書」っていう新書の、その名もズバリ「香港」。
副題が「中国の軒下で栄える資本主義」とあります。
奥付を見たら「昭和46年発行」。といことは1971年ですから今から35年前の本。
「まえがき」の書き出しはこうです。
 「香港はあらゆる意味で面白い場所である。ただこれまで、香港があまりに奇妙な所でありすぎたためか、香港について書かれた書物では多くの場合、麻薬や犯罪、謀略やスパイ、もしくは昔ながらの華僑商法といった側面ばかりが強調されがちだった。今日、「釜ヶ崎」と船場だけから大阪全体を語ることができるだろうか?」
麻薬や犯罪はともかく、謀略やスパイって……。当時はそんな香港本ばっかりだったのか?
それの対比でいきなり大阪が出てくるのもイケてます。
まえがきでは、上の文に続けて、本書は謀略やさりとて東洋の真珠でもない
ふつうの香港を描くのだ、というようなことが説明されています。
この本が書かれた1971年といえば、ジャッキー・チェンはまだ日本では存在してなかったし
(香港でも当時はまだジャッキーはスタントマン)、
ブルース・リーが彗星のごとく世界デビューを果たすのはここからあと2年たってからです
(つまり当時、彼はこの世にいた!)。
一般の日本人にとっての「香港」とは、グルメ旅行やブランドショッピングの街ではなく
またゴールデンハーベストの香港映画の世界でもなく、
日活映画の 『アジア秘密警察』 とか 「娘が売り飛ばされる」 先の終着点だったのです(多分)。
海外旅行そのものが、まだ 「夢のハワイ旅行」 という言葉で象徴されていたか、
あるいはようやくそこから一歩前進したというくらいではなかったか。
1971年のころの香港って、だから イメージ先行の世界、だったんでは?
チャイナ服を着て細いヒゲをはやした悪玉ボスと、ピストルとアタッシュケースと麻薬と波止場の世界。
1986年、初めての海外旅行で、学芸員Kが母に 「香港へ行く」 と言ったら、
母が顔をしかめて 「うわ、なんでそんなコワイところ行くの!!」 って言ってましたから、
そこからさらに15年さかのぼった1971年の「香港」は、なんかわからないけどあやしい暗黒街の、
まさに 『アジア秘密警察』 だったのでしょう。
昔、「香港旅の雑学ノート」や「香港世界」の著書でおなじみの山口文憲氏の
カルチャー講座のようなものに行ったことがあるのですが、そのとき氏は
「ジャッキー・チェン登場前と後で、日本人の香港に対するイメージが変わった」
って言ってました。なるほどな、と。
さてこの古本、新刊時の定価は280円で、「200円」の値札が付いてました。
多少のプレミア値付けなんですかね? ブックオフなら105円ですね。
とにかく資料価値高し!とみて迷わずレジに行きました。
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家に帰って、ページをペラペラとめくると、活版印刷のややかすれた活字が並んでいて、
オフセット印刷の本に慣れた現代の目で見ると時代を感じます。
顔を近づけて匂いをかいでみると、昔ながらの古書店の香り。
ブックオフの店内ではこんな匂いゼッタイしない。
この本が伝えてくれるという1971年の「普通の香港」とはどんな世界?
まえがきで出てきた「謀略やスパイなど側面ばかりが強調された」香港本というものも
読みたくなったけど。
本編を読んでの報告はまたこんど。