〈尖沙咀のアベニュー・オブ・スターズに立つブルース・リーの銅像。ブルース・リーとスターバックス。どちらもシアトルに縁がある。8月31日撮影〉

 

佐敦から尖沙咀に向かって彌敦道を南下する。

香港人の雑踏に紛れ込んで歩く。

 

左手に大きく輝く看板。

「極度乾燥(しなさい)」という意味不明な日本語。

香港の街中でよく見かける、香港人の間違った(あるいは感覚優先の)ひらがな使い(「優の良品」とか)かと思ったが、後でカミさんからイギリスのブランドだと教えられた。

調べてみたところによると、創業者のイギリス人が、日本で見かける、英語を自由に(間違って)使った商品名や店名などの表記が印象深かったので、その感覚をイギリスに逆輸入したものだという。

香港には以前から上陸していてトラムのボディ広告にもなっていたらしい。知らなかった。

商標の関係で日本には上陸しておらず、日本のIPアドレスからは公式ホームページにもアクセスできないという。

商標の関係ってアサヒビールのスーパードライのことだろうけど、そもそもスーパードライって言葉も英語としてヘンということか?

 

さらに南に向かって歩くと、彌敦道沿い左手の美麗華廣場2(ミラプレイス2)に、この7月オープンしたばかりというドン・キホーテ香港初出店の「DON DON DONKI」があった。

路面から直接地下に下りていくように階段がある。「年中無休 24時間営業」の表記。あえて日本語。正しい日本語。

香港に来る前に予定していたとおり、後でこのお店で保冷タンブラーを探してみよう。

部屋でビールを飲むために保冷タンブラーをこのお店で探そうと決めていた。

思ったよりホテルから遠くないので後でもう一度来ることにする。

 

さらに歩く。

相変わらず彌敦道の主役は2階建てバス。

 

香港から東京に帰ると、渋谷や新宿を歩いていても静かだと感じてしまうことがある。

彌敦道はうるさい。

その原因のひとつは、きっと2階建てバスの大きなエンジン音にちがいない、と思っている。

 

途中、立ち止まって写真を撮ったり、懐かしい信号のカタカタ音に聞き入って感激しながら横断歩道を渡り往く人々を眺めたりして、ふらふら南下していたら、すでに日は落ちてしまった。

おなじみ重慶大厦の前で立ち止まって、東京のカミさんにLINEのビデオ通話で付近の様子を見せたりした。

カミさんの香港デビューは、学生時代に中国をプチ放浪のすえ広州から船で入り宿をあたって重慶大厦にたどり着き招待所に投宿したという、ヤワな私がビビる経歴だ。

 

重慶大厦の彌敦道をはさんで向かい側、かつてのハイアットリージェンシーホテル南側の歩道が広くなって開放的。

 

彌敦道も、他の大通りと同じようにすっかり香港名物のネオンサインの看板が撤去されてなくなってしまった。

2階建てバスの天井をかすめるように車道に大きくはみ出して輝いていたネオンサイン。

 

1990年代、一戸建て大映画館が潮が引くようになくなっていった。

当時の香港はほとんどの映画館が1000を超える席を持っていた。

その大映画館が本当に申し合わせたかのように怒濤の勢いでなくなっていった。

当時、香港に来るたびになじみの映画館がひとつ、またひとつと消えていて、もう途中からは香港に来たらどこかの映画館が必ずなくなっていることが当たり前という感覚になっていた。

大映画館で香港映画を見ることが一大イベントだったのに!

映画館がなくなった後は改装されていかにも味気ない商場(ミニショッピングモール)になっていたり、まったく新しくホテルが建っていたり、手つかずの寒々しい更地になっていたりとさまざまだった。

けれども当時、まさかその横で輝いていたネオンサインの看板までもがいずれ消える運命にあったなどとは思いもよらなかった。

こうしてみると、香港島でいまなお走るトラムのクラシカルな姿が本当に文字通り「奇跡」に思えてしまう。

 

今回の滞在ではふたりの香港人の友人と会った。

このネオンサインの撤去について、ひとりは安全のためだと言った。けれどももうひとりは、たしかにいくつか看板の崩落事故はあったけれど安全というのはエクスキューズで本当は街の美観を求めた政府の意図的な施策だと言っていた。はたしてどちらだろう。

いまだに日本のテレビの旅モノ番組では、香港の街の景色なら車道にはみ出た看板、と固定観念があるからか、あきらめきれずに番組冒頭にムリヤリどこかの路地にある小さな看板を出してきたりする。

香港からネオンサインの看板が消えた。これは大きな損失だ。

 

ペニンシュラホテル前の横断歩道を渡る。

さあ、きょうのゴール、尖沙咀のプロムナードに来た。

 

尖沙咀のプロムナードから眺める香港島の景色。

大通りのネオンサインはなくなったけれど、この夜景は健在だ。

「嗚呼、来たんだなあ、香港に!」

やっぱりこの、ド定番の「100万ドルの夜景」を見てあらためてそう思ってしまう。

 

SF映画の近未来の世界がここにある。と、いつもこの夜景を見てそう思うようにしてきた。それがすごく楽しいので。

初めての香港のときから、ここに来ると香港島に並ぶ摩天楼の夜景を近未来の世界に見立ててひとり盛り上がってきた。

この眺めは変わらないなあ。

90年代に入ってたくさんの高層ビルが建ち並び、80年代と比べると確実に摩天楼の密度が濃くなった。しかしそこへひときわ高い国際金融中心・第二期(Two IFC)が2003年にそびえて以降は、その存在感が大きいためか景色全体の雰囲気に大きな変化は感じられない。

 

対岸の九龍から眺めると、絵画のような香港島の夜景がそこにある。

海をはさんで、ほど良い距離で摩天楼を望む、という、まるで夜景を眺める劇場みたいなこの装置は、あまりにも出来すぎじゃないかといつも感じる。

 

ああ、でも気がつくと日本企業の看板はなくなってしまった。目につくのは「Panasonic」だけだ。

初めて香港に来た1986年、ほぼ独占状態となっているいくつもの日本企業の大きな看板を見て、日本人としてただ単純に誇りに思った。

 

そんなことを考えたりしながらプロムナードでぼーっとしていたら周りに観光客が集まってきていた。

8時になってシンフォニー・オブ・ライツが始まった。

このシンフォニー・オブ・ライツは初期のころのベタな音楽とレーザービーム中心の構成の方が良かったと思う。

こういうイベントはおしゃれにしない方がいい。コテコテの方が楽しい。

ビルの頭に掲げた、対岸のこちらから見ると小さく見えるLEDパネルと、抽象的な音楽では、どうも盛り上がりに欠けるように思う。

アップデートに期待することにしよう。

 

近未来に見立てた夜景を見ながら映画「ブレードランナー」のサントラをひとりイヤフォンで聴き鳥肌を立てるという初香港から連綿と続けてきた恒例のイベントは明日以降に回すことにして、プロムナードを後にした。