2007年11月アーカイブ

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 きのうの23日は東京フィルメックスで「アイ・イン・ザ・スカイ」が上映されました。私は行けませんでした。以前、悠さんからのコメントで「絶対おすすめ」の作品だと推薦していただいたので、11月に入ってプレリザーブを入れました。しかし直後に23日に用事ができてしまい仕方なく取り消しました。ところが、その用事がキャンセルに……。「アイ・イン・ザ・スカイ」、観てみたかったです。

 さて、以前、私は、『香港クレージー作戦』という1963年に公開された古い日本映画をDVDで観ました。主人公たちがレストランを開くために香港に繰り出して大騒動という喜劇です。香港に行く飛行機の中で、クレージーキャッツのハナ肇が機内食に大喜びではしゃぐシーンがあります。飛行機に乗ること、海外に行くことが特別だったことがわかるシーンです。

 前にも書いたことですが、この映画をDVDで観たあと、気になって調べました。すると戦後、それまで制限されていた日本人の海外渡航が、業務渡航に限って自由化されたのがまさにこの映画が公開された1963年でした。だからハナ肇一行はレストラン経営の名目で香港に行けたというわけです。

 いままでに古い本を書店で見つけてはこのブログで紹介させていただきましたが、「カラーブックス 香港マカオ・台湾の旅」を見ても「日経新書 香港」を見ても、なにかこう、昔の方が憧れがあったぶんだけ今よりも海外旅行がキラキラ輝いていたんだなと思います。

 先日、久しぶりに神保町のアジア文庫に行ったら、「異国憧憬 戦後海外旅行外史」という本が平積みで置いてありました。奥付を見たら2003年11月の発行です。『香港クレージー作戦』や古いガイドブックなどで昔の海外旅行がどんなものだったのか興味があった私は、手に入れて読みました。

 面白かったです。

 「戦後海外旅行外史」なんて書名なので内容がカタイのかと思いましたが、そんなことはなく、構成もユニークな章立てになっています。著者の前川健一さんはタイに造詣の深いライターさんでアジアに関する面白い本をいくつも書いている方なのでご存じの方も多いと思います。

 章立てはこうです。

 第1章 映画と海外旅行
 第2章 音楽にみる海外
 第3章 放送と海外旅行
 第4章 雑誌・ガイドブックと海外旅行
 第5章 旅行記・滞在記
 第6章 若者、海を渡る
 第7章 旅行用品の変遷
 第8章 新婚旅行の変遷
 第9章 海外買い物史
 第10章 食と海外旅行
 第11章 外国語と異文化学習
 まとめ 日本人の海外旅行はどう変わったのか

 外国に行きたくても禁止されて行けなかった1960年代半ばまでや、その後渡航自由化になっても多くの人が経済的に行けなかった時代を経て、日本人がどのように海外旅行をしてきたかが各章に書かれています。

 この本、香港に関する記述がけっこうあります。戦後の海外旅行において、「香港旅行」というのが「ハワイ旅行」とならんで戦後の日本人にとっての海外旅行のステップのひとつだったということがわかります。

 まだ手に入ると思いますので、興味のある方はどうぞ。図書館にもあるかもしれません。

 もっと具体的に内容に触れようと思いましたが、また折をみて書きます。

 以前、このブログで福田首相と李嘉誠が似ていると書きました。

 「似てるな」と思う有名人の名前をふたつ並べてGoogleなどで検索してみると面白いです。

 ためしに、あなたが普段ひそかに似てるなと思っている有名人どうしを並べて検索してみてください。

 けっこうな率で「似てる」という記事が書かれたブログなどがヒットします。同じようなことを思っている人がいるんだなとわかります。

 似てる、と以前からよく言われているところではチョウ・ユンファと劇団ひとり、というのがあります。「チョウ・ユンファ 劇団ひとり」で検索するとけっこうな数がヒットします。チョウ・ユンファの名前をきちんと漢字で「周潤發」にして「周潤發 劇団ひとり」で検索すると、チョウ・ユンファ側に立つ人やファンの意見が見られるのでなるほどと思いました。

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            このDVDパッケージの中の顔の場合、上の右よりも
            左の写真のほうが近い感じもします。

 まあそれでも似てるといえば似てるかな、くらいな感じですよね。

 で、これ以外に私が感じる、顔や雰囲気が似てるかなと思う香港と日本の有名人を少し挙げてみます。名前がわからなかったり役のほうがわかりやすい場合は名前ではなく役柄にしました。

●ニコラス・ツェー(謝霆鋒) と 武田真治
●ジェイシー・チェン(房祖名) と 松岡修造
●「ドラゴン怒りの鉄拳」の通訳役/「ドラゴンへの道」のオカマ役の人 と 楳図かずお
●ブルース・リーの映画でいつも仲間役で出る太った人 と ドランクドラゴンの塚地
●ハン・インチェ(「ドラゴン危機一発」の敵ボス役など) と 三木のり平
●ウー・マ(午馬) と 小沢昭一
●アレックス・マン(萬梓良) と 石橋凌
●若いころのマイケル・ホイ(許冠文) と キャイーンの天野ひろゆき
●レイモンド・ウォン(黄百鳴) と 下条アトム
●アニタ・ムイ(梅艷芳) と 夏木マリ
●チン・シウホウ(錢小豪) と 豊原功補
●「ドラゴン怒りの鉄拳」の日本人道場で
  ブルース・リーに「東亞病夫」の紙を食べさせられるひと と 木梨憲武

 思い出せるだけ書きました。これらも、そういやちょっと似てるかなくらいか、あるいは似てるというよりも、片方を見るともう片方を思い出すという程度か。顔というより雰囲気が似ていると思う人もいます。

 ほかにもたくさんあったはずですが思い出せません。ウォン・チーワーと日本の誰かに似ているというのもありましたが、思い出せません。また私の場合、女優はあまり似てると思う人がいません。

 ここに挙げた名前を並べて検索してみると、ヒットするのもあるし、まったくヒットしないのもあります。人によって見え方感じ方が違うのだと実感。

 そのほか、よく言われていたところでは
●サモ・ハン・キンポー(洪金寶) と ウガンダ・トラ
 は有名ですが、私は最近
●サモ・ハン・キンポー と 協栄ジムの金平オーナー
 が似てると思えてしまいます。

 あと、よく言われていたのが
●サミュエル・ホイ(許 冠傑) と 伊丹幸男
 です。それで思い出しましたが
●リッキー・ホイ(許冠英) と はしだのりひこ
 が似てるってのも昔言われてました。

 ジャッキー・チェンと内村光良、ユン・ピョウと柴田恭兵は定番ですが、でも、そう言われた当時からは年月がたってそれぞれ風貌が変わったのでもう似てないと思います。

 で、調べているうちに、こういうのを見つけました。

中華著名影星、日本のこの人に似てる
中華著名影星、日本のこの人に似てる2

 私はここのフィリップ・チャン=藤巻潤に笑いました。

 ところで劇団ひとり氏ですが、私は、チョウ・ユンファよりも、中国本土の上海雑技団とかに似た人がいそうな気がします。特定の誰にというのではなくてあくまでイメージです。斜め上を見て指をさしているポスターに似合いそうな気もします。

 追記:思い出しました。ウォン・チーワーに似ていると思うのは内藤剛志でした。で、「内藤剛志 黄子華」でGoogle検索したらヒットしました。見てみたらmonicalさんのHongKongAddictBlogの、ゲストの方のコメントでした。

 追記:カレン・モク(莫文蔚)とナインティナインの岡村隆史も似ているんじゃないかなと思う、ということを思い出しました。

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 おととい書いた、香港の映画の「上映許可証」の話題で思い出したこと。

 香港が中国に返還される少し前のことです。

 佐敦だったか尖沙咀の地下鉄駅の改札口近くで、待ち合わせで知人が来るのを待っていたときのことです。

 ヒマだったので、私は、壁に貼ってあった地下鉄利用の規則を細かく書いた紙を見ていました。いわゆるポスターなんかではなく、オフィシャルな文書です。生命保険の規約みたいに、けっこう細かい字で書かれてありました。

 中文と英文の併記でした。中文がサッパリな私は、得意でもないがそれでもまだマシなほうの英文を読み進めました。「車内での飲食は罰金何ドル」などの禁止事項やそのほか、かなり細かいことがびっしりと書かれていました。

 最後の一文が印象的でした。英語で再現できないのが情けないですが、読んだ記憶では、こうです。


   「この規則書において、英語と中国語で齟齬があった場合は、
    英語で書かれてあることを優先する」


 たしかこんなことが、書いてありました。これを見たとき、「ああ、やっぱり香港はイギリスの植民地なんだな」と思いました。

 この規則書、英語で作ってからそれを中国語に訳したということ? 英語と中国語に食い違いがあったら英語に従えということか。とにかく英語ベースということです。こういうオフィシャルな文書においては英語が中国語の上に立つということを、庶民の足である地下鉄の、その規則書の中の最後の一文で思い知らされました。

 これと、時期的には同じころだったと思うのですが、1996年のアトランタオリンピックのとき、私はたまたま香港に行っていました。

 で、このオリンピックで香港の選手が史上初の金メダルを獲ったので、テレビを見ていた私は、表彰台でどんな音楽が流れるのかと思ったら、当たり前のようにイギリス国歌「God Save the Queen」が流れたので、「そうだよな、やっぱりイギリス領だもんなあ」と、そのとき拍子抜けしながら今更ながらに納得させられたのを覚えています。

 何というか、せっかく金メダルを取ったのに、宗主国の国歌なのかよ、ちょっと悲しいな、と思ったのです。

 ただ、本音を言えば、現在の香港で中国国歌「義勇軍進行曲」が流れるのも、実はあんまり好みではありません。正直言うと、永遠の香港観光旅行客・学芸員Kの勝手で無責任な感想としては、香港の街にユニオンジャックの旗がはためいていた植民地時代のあの雰囲気は、極めて捨てがたい大きな魅力でした。これに同意してもらえる人は多いと思います。

 で、話は脱線しますが、私は世界の国歌を集めたCDをたまに聴きます。中国の国歌はかなり好きです。ほかにロシア、ドイツ、イギリス、フランスなど大国の定番どころの国歌が気に入っているのですが、しかしいちばん好きなのはイスラエル国歌です。その曲の旋律に、どこかイスラエルの歴史と国家の背景を感じてしまいます。

 ウィキペディア 「イスラエル国歌」
 (ページの下に音楽が聴けるリンクが張ってあります)

 追記:ところで、地下鉄の規則書、香港のことですから今でもバイリンガルなのかなとは思いますが、まさか英語が優先ってことはないですよね? 返還後、確認したことがないのでそこのところ不明なのです。ご存じのかたは教えてください。

 先日ヤフオクで200円で手に入れた、『香港国際警察』の絶版日本公開バージョンビデオですが、YouTubeにその日本公開版バージョンの映像と、香港公開オリジナルバージョンがありましたので、アップしておきます。すさまじく編集が違います。

【オープニング その1】
●香港劇場公開バージョン(ただしこのYouTubeの映像の音声は英語)

【オープニング その2】
●日本劇場公開バージョン

 このようにまったく違います。日本公開版では、物語の本題に入る前に、警察署内での笑いのエピソードが入りますが、香港公開版はそれがスッポリ抜けていて、いきなり本題から始まります。したがって映画の最初の雰囲気がまったく違ってきます。

 香港公開版は、タイトルバックが真っ黒で音楽もなく、観客はいきなり気持ちを緊張させて、タイトルが終わると今度はいきなりシリアスな本題の場面に入っていくことになります。日本公開版を先に観ている人はこれがすごく唐突でびっくりすると思います。

 しかし、日本公開版は、タイトルバックにジャッキー・チェンによる活気ある主題歌が入り、それに続いて警察署内でのオトボケな笑いのエピソードがあって、のちにシリアスな展開に徐々に移ることになります。警察を舞台にした娯楽映画の物語の進め方としても無理のない王道を行く手法になっていると思います。

 おおざっぱに言うと、細かい編集の違いはなおもありますが、この日本公開版の冒頭のエピソードのあとに、香港公開版が続くような形です。

 香港公開オリジナル版はこのように唐突でシリアスなのです。なお、タイトルに漢字の入らない「英語版」も存在します(過去にフジテレビで放映しました)。

 ちなみに上の香港公開版は、DVDからのダビングなのか、オープニングのタイトルがゴールデンハーベストではなく、同社から権利が譲渡された「Media Asia」のクレジットが入っています。

 で、エンディングも、次のように両バージョンは編集が異なります。

【エンディング その1】
●香港劇場公開バージョン(ただしこのYouTubeの映像の音声は英語)

【エンディング その2】
●日本劇場公開バージョン

 香港公開版は、これまた唐突にあっさりと終わります。日本公開版は、余韻を残してエンディングを迎えます。

 要は、香港公開オリジナル版は、日本公開版の頭とお尻の部分がない、ということです。

 どうでしょうか、日本公開版のほうがイイですよね? 私は断然、日本公開版がイイです。

 でも、どうしてここまで編集の違うものができてしまったのか。香港公開版は、オープニングが唐突でシリアスで、エンディングもまた唐突なので、冷ややかな感じがします。

 映画にとって大切な、オープニングとエンディングの雰囲気が全然違う編集バージョンの2つの存在……。

 香港の映画館で、あの情熱的な1985年当時の香港人が観るにしたって、日本公開版バージョンのほうがどう考えたって合っていたのでは、と、私は思うのですが。

 どう思われますか?

 2007.11.20追記:検索してわかったんですが、ここ最近(昨年?おととし?)、NHK衛星で日本公開版を放送したそうですね。そういえばたしか新聞のテレビ欄に載ってたような記憶アリ。日本公開版だったのか。こりゃきっとポニー版より鮮明画像だったに違いない。ヘタこいた~!

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 【参考】
 原題『英雄本色Ⅱ』 英文題名『A BETTER TOMORROW Ⅱ』 (邦題『男たちの挽歌 2』)

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 先日の香港映画祭で上映された4作品のタイトル。

 『鐵三角』(英文題名:「TRIANGLE」)
 『父子』(英文題名:「After This Our Exile」)
 『男兒本色』(英文題名:「Invisible Target」)
 『天堂口』(英文題名:「Blood Brothers」)

 このように香港映画には、中文題名とは別に、昔から、ほぼ必ず、英文題名が付いています。

 ブルース・リー作品やミスターBOOシリーズを経て、ジャッキー・チェンが登場し、いろんな香港映画が日本にやってきた1980年代半ば。

 このころ、私は、香港映画に必ず英文題名が付いているのは、単に 「イギリス植民地だから、『習慣的に」付いている』 のだと思っていました。あるいは、言い方は悪いけれど、香港映画には英領植民地映画としての「英語かぶれ」もあるのかな、と。

 で、その後何度か香港に行くうちに、香港の各映画館のロビーの壁に、その作品の上映許可証みたいなA4サイズほどの紙が必ず貼ってあることに気が付きました。作品の上映を香港政庁とか日本の映倫みたいなところが上映を認可した許可証だと思いました。

 その許可証は、英文の書類でした。中文表記もあるバイリンガルの書類だったか、あるいはこの英文許可証とは別に中文の許可証も併せて掲示されていたかは記憶にないのですが、少なくとも、英文の許可証がロビーに必ず貼ってありました。

 その許可証にはたしか、「TITLE」という名称の欄があり、その映画の題名が英文で書かれていました。

 この許可証を見て、私は、「香港映画は、英語を公用語とするイギリス植民地香港内での映画館での上映認可を申請をするためには、英文タイトルが便宜上、要は 『書類上』 どうしても必要なんだな」 と思いました。

 で、そうだとすれば、香港映画の英文題名は、本来は、植民地香港での申請上どうしても必要だから付けられたことになります。

 ところが、そのわりには、すでにかなり昔から、英文題名には 「遊び」 があるというか、「 中文原題に添える 『副題』 」 としての意味合いがあるようにも思えます。

 上の写真は、日本でも香港映画のベンチマークとなり話題となった映画、『英雄本色』です(正しくは写真はその続編)。この原題 『英雄本色』 の意味は、「英雄とはかくあるべし」ということだと思いますが(自信ありませんので、ご指摘歓迎)、英文題名は原題とはまったく関係なく 『A BETTER TOMORROW』 です。直訳すれば『より良きあした』。

 また、たとえば1970年代前半のブルース・リーの『ドラゴンへの道』の中文原題は『猛龍過江』です。主人公が海を越えてイタリアにわたって活躍するのでこの題名なのだと思いますが、英文題名は『The Way of The Dragon』です。

 この記事の冒頭で挙げた、先日の香港映画祭の4作品では、中文原題を訳したものは『鐵三角』だけで、それ以外はすべて中文原題を訳した題名にはなっていません。

 こういうことを考えると、香港映画の英文題名は、「英文訳名」ではなく、装飾や副題としての役割を持っています。たいていの香港映画は、地元香港でのポスターに英文題名が「装飾的に」入っています。

 ここまで書いて、うまくまとめられないのですが、何を言いたいかというと、香港映画の英文題名は、実はけっこう微妙というか、作品によっては、相当アバウトに付けられているんじゃないかと思うのです。雰囲気重視というか。たとえば、『A BETEER TOMORROW』って、あの作品の「英文題名」としてどうなんでしょうか。独立したメインタイトルとしての、一個の「英文題名」としては「すごくビミョーな感じ」がします。どっちかというとこの英文題名『A BETEER TOMORROW』は、最初っから中文原題の 『英雄本色』 に添える 「副題」 として付けられたような感じがします。

 たとえば、というか、たとえとしては、これは特にどちらが「副題」というわけではないので適切ではありませんが、今ヒットしている日本映画を引き合いに出せば、

 『ALWAYS 三丁目の夕日』

 みたいな…。そういう見方でみてみると……

 『英雄本色 A BETTER TOMORROW』。

 こうみると、最初に挙げた香港映画祭の4作品のうち、『鐵三角』(英文題名:「TRIANGLE」)以外の3作品は、いずれも英文題名が中文のメインタイトルに添えられる「副題」のように思えます。『父子』に対する「After This Our Exile」しかり、『男兒本色』に対する「Invisible Target」しかり、『天堂口』に対する「Blood Brothers」しかり。これらは、皆、実質上、『ALWAYS 三丁目の夕日』 と同じような感じになっているのではないでしょうか。

 で、そうだとするなら、とどのつまり、香港映画というものは、香港返還後10年たってもなお、そのほとんどすべての作品に、最初から英文の「副題」が付いているという、ものすご~く 「特殊な状況」 になっていることになります。

 この続きはまた気が向いたとき書きます。

 ところで、さっき書いた、「上映許可証」。ハッキリと確かめたわけではないのですが、香港が中国に返還されたのちも、映画館のロビーに貼ってあるように記憶しています。しかし、「英文の許可証」が今もあるかはよくわかりません。どなたかお知りの方がいれば教えてください。

 香港の映画専門誌の記事によれば、として、こういう記事がありました。

 中国情報局NEWS エンタメ

 1997年から2007年というのは、ちょうど香港が返還されてからの10年です。
 

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 アメリカ映画 『バットマン』 の最新作 『The Dark Night』 の香港ロケで、香港の街が大騒ぎのようですね。(上の2点は、ロケで騒然としている香港の街の様子を伝える、新雑誌「双週快報」のイラスト。 ウソ。1960年代前半の香港の貸本漫画の表紙)

 YouTubeでの「バットマン香港ロケ」関連映像
 http://hk.youtube.com/watch?v=9KR_niTnzmI

 http://hk.youtube.com/watch?v=KFwdVe_B3OQ

 映像を探しきれていません。よければ上記リンク先の、ページ右の映像リストから探してみてください。

batman.jpg

 monicalさんがブログ「HongKongAddictBlog」で紹介されていますが、香港の所轄のお役所が全面協力しているこのアメリカ映画の大掛かりなロケの光景を見て、ジョニー・トー監督が
 「不公平だ!」
 と言ったそうです。

 もし、私が香港旅行中にこのロケに遭遇したら、すべての行動予定を変更して、最後までロケを見届けてこのブログで報告したと思います(笑)。

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 昔、秋元康のプロデュースで、港区青山に 「うんこや」 というレストランがあったのを記憶していますけど、いま、香港にこんなレストランがあるようですね。

 便所主題餐廰
 http://www.moderntoilet.com.tw/

 台湾からやってきたお店のようです。サイトを見たら、すでに去年の9月に香港に上陸してました。

 私は行きたくないですなあ。

 これは台湾のグルメガイド。
 「優良推薦」って……。
 http://063021485.travel-web.com.tw/

 左下のやつ、「尿壺盛裝」って言われても……。

 JR中央線や総武線に乗って水道橋駅と御茶ノ水駅の間を通過しているとき、車窓から見えるちょっと大きなビルがあります。左の写真です。中央線、総武線を利用している人ならいつもこのビルが目に入っていると思います。けっこう目立つ建物ですよね。

 で、このビル、「なんかあの香港上海銀行と似てるなあ」と思った人も多いんじゃないでしょうか。

 右の写真が言わずもがなの香港のセントラルにある香港上海銀行本店ビル。たくさんの新しい高層ビルがどんどん増えている今もなお、香港の街のランドマークとなっている存在です。
 
 並べてみると、たしかにちょっと似ている。「マネしちゃったんじゃないの~?(日本が)」。

century-hsbc.jpg

 実は似ているのには訳があって、何のことはない、ズバリこの2つの建物は同じ建築家による設計なのでした。

 東京都文京区の外堀通り沿いにそびえるビルは「センチュリータワー」といいます。

 香港と日本のこの2つのビルを設計した人はノーマン・フォスター。イギリスのかなり著名な建築家ということです。

 ウィキペディアを見たら「フォスター卿」ってなってます。「Baron」って男爵? なんか、窓に並木の紅葉が映るイギリスの大学の古い研究室で紅茶を飲みながら仲間の教授とクイーンズ・イングリッシュで建築談義をしている風景が頭に浮かびました。

 で、このウィキペディアによれば、「彼の名声を高めたのは1985年に完成した香港の『香港上海銀行・香港本店ビル』であった。建物を支えるために通常の柱や壁を使わず、建物の外側に鋼鉄フレームによる太い構造をむき出しにさせ、このフレームで超高層ビルを支えることに成功した。」とのこと。

 別のサイトによれば、センチュリータワーの施主が香港上海銀行ビルと同じ構造システムのものを望んだらしい、とあります。だから同じノーマン・フォスターに設計を依頼したということなんでしょう。

 センチュリータワーが完成したのは1991年。香港上海銀行本店ビルはそれから6年さかのぼって1985年の竣工です。

 私が最初にセンチュリータワーを見たとき、その建築年を考えなくてもセンチュリータワーのほうが香港上海銀行をマネしたように思えたのは、センチュリータワーが「香港上海銀行ほど冒険できなかったけど雰囲気を拝借した」控えめなデザインだと感じたからか。

 あとで同じ建築家の設計だと知って、納得しつつも少々残念に思いました。というのは、マネとかヒントを得たとか影響を受けたとかオマージュとかパロディとか、言い方はともかくそういう背景による別の人の設計だったほうがロマンがあって面白いから。

 この2つのビルの話、香港ファンにはすでにけっこう有名かなとも思いましたが、サイト「東京建物図鑑」さんでフリー写真が手に入りましたので載せてみました。

 ウィキペディア 「香港上海銀行 本店ビル」

 香港の 『へぇ~、そうだったの!? 』 】について

 またYouTubeですが、面白かったので。

 このCM、オチというか最後にみんながどこに向かっているのかなんとなく予測がつきますが、香港の街が舞台なので面白いです。でも、こんな内容のCMを日本でやったら、いろんな方面の、良識ある大人の皆様の団体から、ブーブーとクレームがつきます、確実に(笑)。

 長いCMなので、テレビじゃなくてゲームショーとか見本市などで流したプロモーションビデオなんでしょうか。

 YouTubeネタですが、こんなもの見つけました。
 インド映画のアクションシーン。インドはたしか世界一の映画生産国だと思いますが、アクションシーンは完全に香港映画の影響を受けてます。

 香港映画というより初期の「仮面ライダー」かな? それにしても、シーンとシーンがうまくつながっていない(笑)。

 あと、コレとか。ヌンチャクです。

 自主映画じゃないと思います。

 このヌンチャクの音、聞いたことがあります。おそらくブルース・リーの映画の、ヌンチャクが出てくる4作品のうちの『ドラゴンへの道』のヌンチャクの効果音を(たぶん無断で)借用していると思います。音で、わかる(笑)。

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 以前、インド映画が少しだけブームになりかけたことがありました。そのキッカケは多分、『ムトゥ 踊るマハラジャ』という映画だと思います。

 私は妻と渋谷のシネマライズという単館ロードーショー作品をよくやる映画館に、この『ムトゥ 踊るマハラジャ』のロードショーを観に行きました。

 3時間近い作品には恋あり歌あり踊りあり笑いありアクションありメロドラマありで、メチャクチャ面白かったです。娯楽映画として純粋に楽しかったです。

 この映画はインド映画の中でもかなりの大作だったと思います。アクションシーンも上に挙げたものより数段出来が良かったです。ヒロインの美人度もすごかった(インド映画はどれもヒロインがすさまじくキレイだそうですが)。

 『ムトゥ 踊るマハラジャ』を観たとき、場内には、昔からインド映画が好きなマニアとおぼしき人がチラホラいて、踊りのシーンではあちこちで手拍子をとっていたので余計に楽しかったです。けっきょく日を改めて、もういちど2人で観に行きました(笑)。

 この映画はガイドブック(買いました<笑>)やサントラ盤(買いました<笑>)も出るほど、けっこう周辺も盛り上がりました。で、その後、何本かインド映画が日本に来たようですが、けっきょくこの『ムトゥ』がピークだったのか、韓流のような本格的なブームには至りませんでした。

 探せば、『ムトゥ』に匹敵する楽しい映画はあると思いますが、私は知りません。

 以前、インド映画の製作の舞台裏のドキュメンタリーをNHKか何かで観ました。インドでは、映画がロードショー公開される前に、まず、主題歌や挿入歌のカセットテープが先に売られます。で、人々はそれを買ってきて歌を覚えて、それでみんなで映画館に行きます。そして映画が始まると、劇中の歌や踊りに合わせて観客みんなで歌います。

 映画の見方もいろいろあるけど、そんなインドの映画館の雰囲気がうらやましくも思いました。

raymond-chow.jpg

 すでにご覧になった方が多いと思いますが、monicalさんがブログHongKongAddictBlogでレイモンド・チョウ氏の映画界からの引退の言葉を紹介しています。

 HongKongAddictBlog

 レイモンド・チョウ氏の引退は、悲しいですが、やはりこれも時代の流れです。もう彼も80歳です。しかし、言うまでもないことですが、彼と彼が築いたゴールデンハーベストが香港映画に遺した功績はとてつもなく大きいです。

 レイモンド・チョウさん、お疲れ様でした!

ここに今回の映画祭でのジョニー・トー監督のティーチ・インの映像があります。23分。
すみません、私自身、まだ中身を最後を見ていないのですが、報告まで。
当日参加できなくても、こうやって様子を知ることのできる
ネット社会に今さらながら驚愕と、感謝。

http://www.cinema.janjan.jp/0710/0710210329/1.php

policestory-dvd.jpg

 きょうはネタがないので。
 先日の記事でも書いた、ヤフオクで手に入れた『香港国際警察(原題:警察故事)』(1985年版)の、日本劇場公開版のポニー版VHSビデオ。これをHDDに移して、気に入ったシーンでチャプターに20個ほど細かく分けて、それをDVDにダビングしました。

 プリンタを買ったときにいっしょに付いてきたCDラベル作成ソフトでラベルを作り、プリントしてみました。

 Googleで「香港国際警察」で画像を検索しても、ヒットするのは新作のほうの2004年版『香港国際警察/NEW POLICE STORY』ばっかりなので、しかたなくVHSビデオのパッケージをスキャンして、その写真とタイトルをパソコン付属の画像編集ソフトPhotoshop簡易版で切り抜いて流用しました。

 このCDラベル作成ソフトはデザインできることがすごく限られているので、画像と文字を並べただけです。そこで、ゴールデンハーベストのTシャツを作るときに作った、同社のロゴを、このラベルの一番下に置いて雰囲気を出してみました。この『香港国際警察』では、ゴールデンハーベストのオープニングタイトルでは表記が「PRESENTATION」ではなく「DISTRIBUTION」になっていたので、それにならいました。また、問題となっていた(?)、「バイクのタイヤ引き伸ばし修正疑惑」のところは、写真を断ち切りにして逃げました。

 作りながら偶然そうなっただけですが、左右から交互に伸ばした3か所の青いオビの部分の白抜き文字がそれぞれ中文になっているのが、ミソです。(手前ミソ)

 『香港国際警察』の日本公開版は、香港公開版や英語版に比べてベストな編集バージョンだと思います。しかしいま現在、海外も含めDVDで出ているのは冒頭部分のエピソードが欠けたりエンディングも唐突な香港公開版(?)です。ということで日本公開版はこの絶版のポニー版VHSビデオ(あとポニー版LD)だけのようなので、ビデオデッキが壊れないうちにDVDにダビングしておきました。

 とかやってると、こういうときに限って、いきなりDVDで正式リリースされたりします。

 こういうニュースがあります。

 http://www.nikkansports.com/entertainment/cinema/f-et-tp1-20071101-277730.html

 ふたつめ。

 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2007&d=1101&f=entertainment_1101_001.shtml

 香港の地元での香港映画のヒット状況の表現として、「観客動員はハリウッド映画並の勢いがあり」というのが、いまやアリなのか……。ハリウッド映画なんて目じゃなかった香港映画黄金時代の80年代だったら考えられないです。

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 以下、追記。記事タイトルも2行目を追記した。

 上の、ふたつめのことは、もう、このさいどうでもいい。

 いま、monicalさんのHongKongAddictBlogに行って驚いた!

 レイモンド・チョウが、ゴールデンハーベストを手放したとは!

 私は、きのうの記事に対するKatoさんのコメントに対して、こう書いたばっかりなのに!
 
 「私はいまだに「香港映画=GHのタイトル」という80年代のイメージから
 脱却できていません(笑)。」

 私がどれだけゴールデンハーベストが好きだったか。
 今年の夏、私が外出のときに一番多く着たのは、このTシャツだったんですから。

gh-tshirt-B-front.jpg

 アイロンでプリントした自作のやつ(苦笑)。

 嗚呼、ゴールデンハーベスト。嘉禾電影。たくさんの楽しい思い出をありがとう嘉禾電影。
 
 きょうはこれからヤケ酒だ。

 合掌。
 

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