2009年7月アーカイブ

 香港おみやげスライドのNo.8の補足というか続き。

 元記事はコチラ

 この写真がスライドNo.8です。今はなき富都大酒店(フォーチュナホテル)のネオンサインが写っています。1970年代の撮影でしょうか。私が1986年に初めての香港で泊まったホテルがこの富都大酒店です。

slide-08-500px.jpg 初めて行った1986年の香港旅行で、私はこのホテルを写真に撮っていました。さっき、写真を見つけました。

 そうか、自分で撮っていたのか。ずっと忘れていた。撮ったことを忘れていて、これまでに何度もGoogleで画像検索をして、けど見つからなかった......。でも自分で撮っていたのか。

 これ。

fortunahotel.jpg ノースウエストの夜便で初めての海外旅行で香港に着いて、どういう仕組みかよくわからないまま流されるように入国して、啓德空港から外に出て、タクシーの黒いビニールシートに腰を沈めてひとりこのホテルにやってきて、心細さを倍増させるようなちいさなフロントでチェックインして、8階の部屋に入って、カーテンを開けて、そして見下ろした夜の彌敦道。ライトに照らされた向かいの映画館の大きな看板。行き交う赤いタクシーと全面広告の2階建てバス。街灯の下をそぞろ歩く人々。窓から飽かず眺めているとやがてテレビからは広東語音声のモノクロの深夜映画。

 これが私の香港原風景です。このときのトキメキを、私はいまでも覚えています。
 発売までまだ1ヵ月ほど先ですが、こんな本が出るようです。

 「香港路線バスの旅」(TOKIMEKIパブリッシング/角川書店)
 http://www.kadokawa.co.jp/book/bk_detail.php?pcd=200905000475

 著者は小柳淳さんです。(上の角川のサイトは著者名の字が間違っています。著者の名前はきちんと確認してアップしてほしいものです)

 小柳さんの既刊書はコチラ

 小柳さんはこのサイトも運営されています。

 「香港巴士鐵路旅遊協會」
 http://www5f.biglobe.ne.jp/~hongkong/

 先日、昭和女子大学オープンカレッジでこのような講座も受け持たれました。
 https://www.oc.swu.ac.jp/entry/detail.asp?CNO=8018&userflg=0

 造詣の深い小柳氏によるこの本の内容に、私はかなり期待しています。
 すごくマニアックなミニチュア! 以前紹介したコレと同じシリーズなんでしょうか? 「第4弾」というのが出ているそうです。
bishoku4-1.jpgbishoku4-2.jpgbishoku4-3.jpg
bishoku4-4.jpg
 口の中に、味がよみがえるような感じのミニチュアです。個人的には上から2番目の右のやつ。何という名前か忘れました。

 こちらのブログでchikoさんが紹介されています。香港に行かれたご友人からもらったのだそうです。
 
 第1弾は日本の童友社が輸入して販売しましたが、この第4弾は日本では手に入らないのか? そもそもこの第4弾は、第1弾とはメーカーも違う別物? ほかにも甜品シリーズや以前紹介したこういうのもあって、どれがどのメーカーから出て販売元がどこなのか、私の頭のなかでは錯綜しています。

 この「第4弾」、日本で手に入れた方はいますか?

 【追記】 あ......、上で紹介させていただいたブログさんの日付けを見たら、去年の8月の記事でした。勝手に騒いでスミマセン。日本で売ってたとしても、もう売り切れだろうなあ。
 整理の悪い私は、いろんな物を、一時待避場所として本棚の上に置いてます。

 1ヶ月ほど前、ここに置いてあった何かが、本棚の背と壁の間にストンと落ちる音がしました。

 何が落ちたのか気になりましたが、拾うには本棚を動かさなくてはなりません。本棚を動かすには、中に入っている重たい本を全部どかさないといけません。

 めんどくさいけど、きょう意を決して中の本や雑誌を出しました。

bookshelf.jpg
book1.jpg
book2.jpg  全部香港関連の本や雑誌です。幅120cmのスライド書棚なので相当な数が入ってました。

 ガイドブックから小説、ノンフィクション、エッセイ、写真集、画集、香港特集の雑誌、ムック、映画俳優名鑑、そのほか何だかよくわからないヨタ本まで何百冊あるのかわかりません。実は、スライド書棚は同じものがもうひとつあって、そっちにも6割方くらい香港関連本や雑誌が入ってます。我ながら呆れてしまいます。

 以前、息子が幼稚園に通っていたころ、この本棚を不思議そうにじっと見つめて、「『香港』って名前が付いてたらぜんぶ買ってるの?」と私に聞いてきました。図星です。(息子は幼稚園のときすでに「香港」を「ホンコン」と読めた(苦笑)。洗脳です。)

 やっとのことで本をどかして本棚を動かしたら、落ちていたのは、ハーバープラザ香港ホテルのパンフ(泊まったことない)と伊東屋のメルシー券(30円分)と輪ゴム一個でした。
ほっときゃよかった。

book3.jpg
heiyun-ran.jpg
 例によって押し入れを整理していたら出てきました。1992年8月1日付けの華僑日報の映画上映案内です。クリックすると拡大して見られます。(拡大した写真をクリックするとさらに拡大します)

 その当時街なかのスタンドで私が買う新聞はほとんどが東方日報でしたので、おそらくこの華僑日報はそのころ常宿にしていた旺角のグランドタワーホテルに泊まったとき部屋に配達されたものだと思います。

 1ページの3分の2を占める大きなスペースに各館の上映作品の情報が載っています。館名は右から読みます。

 今はない映画館ばかりです。ここに載っている映画館はこの後どんどん閉館されていきます。香港の大映画館の終焉です。1990年代は香港の映画館が新旧総入れ替えのような状態でした。

 この映画欄には、すでに1991年に閉館となった利舞臺は載っていません。また、私が一番好きだった佐敦站近くの嘉禾戲院(Golden Harvest Theatre)はすでに新寳戲院になっています。

 当時は毎日朝10時ころからやる「早場」で旧作を上映している映画館が多かったです。またこの早場に限って成人映画を上映するところも多かったです。

 上の新聞を見ると、各館の案内の下に早場で流す映画の告知が載っています(拡大すると見られます)。映画館によっては午後4時半上映の回で旧作をやるところもあります。私はそれでうっかり旧作を観るハメになった経験があります。

 館名の後に「1」や「2」という数字がついているものがあります。これは、本来2階席まであった大映画館を分割して1階席と2階席の間に床(天井)を入れて上下で分割し、それぞれ独立させて映画館にしたものです。たとえば「大華1」はかつては大華戲院の1階席、「大華2」は2階席だったということになります(多分)。私の記憶では、1990年前後以降、よく見受けられた映画館の形態です。

 だから、その当時、かつては2階席だった「改造映画館」に行くと、その場内は、フロアの左右の幅が長いのに奥行きが短かくてスクリーンも変な位置にありました。たしか銅鑼湾の明珠戲院もそうでした。

 なかには1階席はつぶしてショッピングフロアにして2階席だけを残し、ミニシアターにした映画館もあります。たしか皇后戲院もそうです。

 その後ほとんどの映画館がこの分割方式(あるいは片方をつぶして縮小方式)をとるか、閉館するかの選択肢のどちらかを選びました。

 映画館はやっぱり大劇場がいいと今でも思います。でもよく考えると土地の狭い香港で、かつてはほとんどが「一戸建て大映画館」だったというのも、かなり贅沢といえば贅沢な空間の使い方でした。
 No.10からの続きです。No.11は欠番です。その代わり無番号のものが箱に入っていましたが、それは後回しにするとして、No.12がこれです。写真をクリックすると拡大して見られます。

slide-12.jpg ブレてる。

 撮影時のブレではなく、明らかにスライド製造のプリント時にブレたものだと思います。

 No.6のアバディーンの夜景もブレています。No.6はまだそのブレの度合いが小さかったので、私はてっきり夜景のスローシャッターで撮影時にブレたのだと思ってました。

 でもこのNo.6もプリント時にブレたものとわかりました。

 というのは、他の方のブログにアップされている同じNo.6のスライドはブレていないからです。

 マスター画像はブレてなくて、子分けするプリントの際にブレたのが、私の持っているNo.6なのでした。

 そして、このNo.12も大ブレ。

 雑な製造......何をどうやったらこんなにブレるのか。

 恐るべし香港おみやげスライド。
pop-trip.jpg
 8月10日にこういう本が出るそうです。中身は未知数ですが、既刊にソウルやバンコク、シンガポール編があります。

 ご参考:amazon 既刊3冊
  香港の古いお土産用のスライドから発展した今回のトピック、アクセスがいつもより多いので皆様にご覧いただいているのかな、と思いました。

 しかし、このトピックは、新たに写真を載せるため別記事をその都度アップし、途中、他の記事も間にアップしたため断続的になり読みづらくなってしまいました。

 そこで順番に読めるように、アーカイブとしてリンクを貼っておきます。

 その1 「香港のおみやげスライド<No.10>」

 その2 「啓德空港を写した2枚の古い写真」(スライド写真を含めれば3枚です)

 その3 「啓德空港を写した3枚の古い写真【續集】」

 その4 「啓德空港を写した3枚の古い写真【續々集】」

 その5 「龍城戲院と低層建築群の場所、判明か?」
 この記事の続きです。

 知りたいのは、下の写真の青丸の「龍城戲院」が面している2つの道路のうち、黄色い線の道路が何かということです。

 その道路をはさんで向かい側の低層建築群の場所を知りたいのです。
 
slide-10-yellowline.jpg 龍城戲院が建っていた場所は、先の記事に書いたように、当時の新聞広告からも「獅子石道」であることがわかりました。

 しかし、龍城戲院は、これもすでに書いたように角地に建っているので、建物の2面が道路に面しています。

 片方は「獅子石道」に面していることになりますが、もう片方がなんという道路に面しているかが問題になってきます。

  「獅子石道」に面した「角地」は、下の赤丸のところです。合計8つあります。(地図をクリックすると拡大します)

ryujou-where-map.jpg 龍城戲院が建っていたのは、この8つの角地のうちのどれか、ということになります。


 Google香港で「龍城戲院」を検索したら、「ウィキペディア」がヒットしました。

 維基百科「香港已結業戲院列表」

 このページは以前、当ブログでも紹介したことがあります。「香港の閉館した映画館リスト」のページです。

 見てみると、こういう記述がありました。

 「龍城戲院 - 位於賈炳達道,1952年1月26日開幕,建築物已拆卸。」

 ここでは「龍城戲院は賈炳達道にあった」、となっています。

 この記述を信頼するなら、上の8つの赤丸のうち、龍城戲院は、先の新聞広告に載っていた「所在地」としての「獅子石道」と、ウィキペディアのいう「賈炳達道」の、この2つの道路が交わる角地ということになるのではないか。

 すると、下の A と B の2カ所のどちらか、ということになります。

ryoujou-map.jpg この2つのうち、先の夜景写真に写っている龍城戲院の位置を考えると、どうやらと思われます。

 で、A にせよ B にせよ、どうやら写真の黄色い線の道路は、「賈炳達道」ということになると思います。

 賈炳達道だとすれば、写真の暗い低層建築群のエリアは、かつて九龍城寨の周りに存在した、阿朗さんが言われる「西頭村寮屋區」ということにならないでしょうか。

 で、青丸の龍城戲院と、赤丸のビルは、同じ道路に面しているように見えます。

 ということは、
 

 「このビル(赤丸のビル)が面している道はCarpenter Rd(賈炳達道)で、低層住宅の地域は現在のKowloon Walled City Park(九龍城寨公園)ではないかと考えてみました。 」(カッコ内太字は学芸員K)

 がズバリ正解ではないでしょうか!? 

 でも、ただどの写真にもあの「九龍城砦」の固まりらしきものは見えません。上手くカットされているのか、それともまったくの見当違いなのか......。」 不思議ではあります。

 でも、これが正解のように思えますがどうでしょうか?

 もともとは、こちらの記事の「スライドの夜景写真に切妻屋根の低層建築群が暗く写っています、昔は団地じゃない住宅地が香港の都市部にあったのでしょうか。」という私の素朴なギモンです。

 そのあとのこの記事と、この記事(續集)からの続きです。

 續集の記事へのコメントで、夜景写真の右端にあるひときわ明るいネオンのビル(屋根部分が凸凹)と同じものがカラー写真のやや右よりの部分に水色?のビルで見えます。夜景写真のほうは上部にネオンサインで文字があるようにも思えるのですが...。一見映画館のようでもありますよね?」

 というコメントをされました。(文中太字は学芸員K)

 そこから検索していったら、「うわ!」という手がかりがつかめました。

 まずは見比べやすいように、もう一度3枚の写真を載せます。便宜上【モノクロ写真】【スライド写真/夜景写真】【カラー写真】と名前を付けました。

 old-kaitak1-akamaru.jpg  【スライド写真/夜景写真】slide-10-aomaru.jpg  【カラー写真】old-kaitak2-aomaru.jpg 私も青丸のビルは映画館ではないかと思いました。

 映画館は香港の消防法か何かで防災上、角地に建てなければなりませんが(シネコン全盛の今は知りません)、この建物も角地に建っているようです。2面が道路に面していて、夜景写真をよく見るとそのうち右の面には映画館特有の大きな看板がかかっているようにも見えます。

 で、私の持っている一番古い地図「1991年版 香港街道地方指南」でこのあたりを見ますと、九龍城地区に「國際戲院」というのが載っていました。

 「國際戲院」の載っている位置が、写真の青丸のビルとは場所が違うように思いましたが、念のためGoogle香港で「國際戲院」で検索してヒットしたページに行きました。すると、國際戲院の載っている同じにページで、いきなりこんな写真が現れたのでビックリしました。

 これ......。

ryujou-theatre.jpg
 このページ:
 http://www29.discuss.com.hk/viewthread.php?tid=8592707&page=5&authorid=2096721

 これはまさに夜景写真の青丸のビルと同じではないですか!

 蓮花さんが推測されたとおり、映画館で当たりでした。
と指摘されたところには、「城龍」(あるいは右から読むなら「龍城」)とあります。

 そこで、手元にある「香港影視業百年」という本を見ました。このなかに、1968年当時の香港の映画館の住所や創業年や座席数の載った表があります。

 この表に「龍城戲院」というのが載ってました。

 1948年の開館で、当時の香港の映画館としては座席数は少なくて700席、粤語片(香港映画)を上映する映画館です。

 で、住所が「九龍城獅子石道」となっていました。しかし、この本は、いままでいくつか誤記が散見されたので、念のため「龍城戲院」で検索してみました、すると龍城戲院の開館を伝える新聞広告がありました。

ryujou-ad.jpg引用元:
http://www4.uwants.com/redirect.php?tid=5256353&goto=lastpost
(こっちでは「1952年」開館となっています......)

 たしかにこれを見ると、上の方に「獅子石道」という文字が見られます。(「龍城戲院之雄姿」のイラストが写真のとは違いますが、おそらく写真に写っているのは改装されたものなのでしょう)

 これで、「龍城戲院」で「獅子石道」に面していることがわかりました。

 問題は、写真に見られる、角地に立つこの龍城戲院の面した道路のどちらが獅子石道かということです。

 この夜景の写真を見ると、龍城戲院の前の道路をはさんでその前面が低層建築物のエリアとなっています。

 エリア特定のゴールまであと一歩か?


 追記1:龍城戲院(Loong Shin Theatre)、こういうのもありました。
 http://cinematreasures.org/theater/22255/

 これを見るとやっぱり1952年オープンとなっています(あの本、また誤記か?)、そして1957年9月に改築され、1973年1月に閉館ということです。

 ということは、夜景の写真に写っている龍城戲院は新聞広告のイラストとはデザインが違うから改装後だと思われますので、それから考えるとこの写真は1957年9月以降の撮影で、さらにネオンが灯って営業していることから1973年1月以前の撮影ということになります。
 

 追記2:スライド写真の青丸の部分を大きなサイズでスキャンし直しました。写真をクリックすると拡大します。

ryujou-closeup.jpg  角のてっぺんのネオンサイン、「城」の文字が読み取れます。
 せんきちさんから「ぽすれん」にレンタルDVDがあることを教えていただいて、1962年の東宝映画『社長洋行記』 『続 社長洋行記』をやっと観ることができました。本編の感想は後日として、

 これは「予告篇」。
 
sy-pre1.jpgsy-pre2.jpgsy-pre3.jpgsy-pre4.jpgsy-pre5.jpgsy-pre6.jpgsy-pre7.jpgsy-pre8.jpgsy-pre9.jpgsy-pre10.jpgsy-pre11.jpgsy-pre12.jpgsy-pre13.jpgsy-pre14.jpg
 本田社長 「カンの鈍いやつだなあ、ホンコンに行くんだよ!」

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南秘書課長 「オー! ホンコン!」

sy-pre16.jpgsy-pre17.jpgsy-pre18.jpgsy-pre19.jpgsy-pre20.jpgsy-pre21.jpgsy-pre22.jpgsy-pre23.jpgsy-pre24.jpgsy-pre25.jpgsy-pre26.jpgsy-pre27.jpgsy-pre28.jpgsy-pre31.jpg どうですか。観たくなりましたか。

 この記事からの続きです。画像を貼ったほうがわかりやすいので記事にします。
  (記事のタイトル「2枚」から「3枚」に変更しました(笑))

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蓮花

確実ではないのですが、3枚の写真に同じビルらしきものが見えます。

白黒写真の右端にある、この写真ではひときわ大きなビル。7階建てでしょうか。角が丸いくらいしか特長がありませんが。

夜景写真だと左側で、左隣が高いビルになっています。

カラー写真だと写真中央よりやや左下のあたり。やはり高いビルに囲まれて、手前にもビルがあって余計に見づらくなっています。

この3つのビルが同じだと仮定すると、このビルが建っているブロックと、その向かいのブロック(写真だといずれも手前側)が明らかに違うエリアになっています。

そこでこのビルが面している道はCarpenter Rdで、低層住宅の地域は現在のKowloon Walled City Parkではないかと考えてみました。 ただどの写真にもあの「九龍城砦」の固まりらしきものは見えません。上手くカットされているのか、それともまったくの見当違いなのか......。

この仮定だと阿郎さんの書かれている「樂富の南側のキリスト系の墓地」がカラー写真の墓地だとしてもおかしくないような気がします。(グーグルの航空写真で確認しているだけですが)

手持ちの資料では「九龍城砦」の周辺部は既に何もないようになっているものしかない(1980年代後半)ので、このあたりがどんなだったかが想像できません。この仮説の検証をどなたかしていただけると嬉しいです。

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 その同じビルに赤丸を付けました。(クリックすると拡大して見られます)

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 赤丸つけたビル、合ってるかな?(3番目のカラー写真の丸合ってますかね)

 蓮花さん、手がかりありがとうございます。
sy-pre31.jpg 検索していたらたまたま見つけた、往年の東宝映画「社長シリーズ」の、香港ロケ敢行の『社長洋行記』(1962年)。

 「観たいなあ。でもTSUTAYAにはなかった......。NHK BS2がたのみだ」、と書きましたところ、往年の香港映画や日本映画にたいへん造詣の深いせんきちさんから、

 「『社長洋行記』なら、ぽすれん正編続編のDVDをレンタルしてますよ」 と教えていただき、さっそく借りてきょうの朝に観ました。

 映画のなかで、香港の写っているシーンをことごとくキャプチャーしました。皆さんに見てほしいのですが、たくさんのシーンをストップにしてのキャプチャーとその画像の保存だけで疲労困憊しましたので、こんどアップします。
kigekidaijosetsu.jpg 朝日.com
 http://www.asahi.com/obituaries/update/0709/TKY200907090217.html

 ウィキペディア「平岡正明」
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E6%98%8E

 著書『山口百恵は菩薩である』が有名です。

 でも私にとっては平岡正明といえば、彼の数ある著書のなかでは傍系に属するものかもしれませんが、『香港喜劇大序説』(1987年12月刊)です。

 買ったときに読んでから20年以上、本棚で眠ってました。さっき取り出してみました。読み直してみます。




 追記:思い出した。この雑誌で平岡氏が映画監督の内藤誠と対談しています。『香港喜劇大序説』と同じ1987年発行です。こっちが少し早くて7月付けの発行です。

zip.jpg

平岡氏、内藤氏のどちらが言ったのか覚えてませんが、対談でこんなことが語られているはずです。記憶にあります。

 「香港映画はしゃべりすぎだよ。『男たちの挽歌』とかもさ。しゃべらなきゃ名作になったのに(笑)」

 上の一文、完全に私の薄い記憶で書いてますので間違っていたらご容赦を。後日、また書きます。

 この雑誌、「アニメ-ジュ」の増刊で「第1号」として「香港映画特集号」となってます。すごくオタッキーな濃い内容です。が、第2号が出たのかはわかりません。

 どういうことかというと、いままで中国政府が日本への個人旅行を禁止していたということではなくて、日本国政府が中国人にたいして、これまでは不法滞在の懸念から個人旅行は認めずビザを発給してこなかったものを、この7月に入って年収350万円以上の富裕層に限って個人でもビザを発給することになった、というものです。

 産経ニュース
 http://sankei.jp.msn.com/economy/business/090708/biz0907082354013-n1.htm

 TBSニュース
 http://news.tbs.co.jp/20090708/newseye/tbs_newseye4178412.html

 これまで日本に来ていた中国本土の人が団体旅行者ばかりだとは知りませんでした。そりゃ来始めは団体客がほとんどだったかもしれないけど、最近は中国もお金持ちになったから、てっきりかなりの旅行者が個人なんだと思ってました。

 東京の街なかで広東語を話している2、3人連れの旅行者を見かけたりしたとき、私は「彼らは香港から来たのかな? 広州かなそれとも......?」などと思っていましたが、ほとんどの場合、個人で歩いている人は香港からということだったのか。広州からの団体旅行の、フリータイムだったのかもしれないが(あるいは各国の華僑?)。

 ところで今週はじめ、お茶の水から新宿に向かうにJR中央線に乗っていたら、旅行者と思われる広東語の親子連れがいました。雰囲気からみて香港からだと思いました。お母さんが熱心にフリーペーパーの住宅情報を見ていました。駅かコンビニでもらってきたものだと思います。彼女の目に、香港と比べて東京の不動産の価格がどううつったのか、聞いてみたかったです。
 「香港おみやげスライド」のNo.10に写っている大昔の啓德空港。

slide-10.jpgのサムネール画像old-kaitak1.jpg
old-kaitak2.jpg
 モノクロ写真のほうは別のサイトで1960年代の撮影だと説明されているそうです。

 モノクロ写真が説明のとおり1960年代だとすれば、この頃はまだ空港のすぐ近くまで低層の建物がたくさんあったということになります。

 それが下のカラー写真では、ビルに建て換えられているようにも見えます。同じエリアなのかはっきりしませんが......。もしかしたらモノクロ写真の低層建築群は、カラー写真では左に見える墓地の山の向こうにあるのかもしれません。

 皆さんにはどう見えますか。
 bagpipe6.jpg 香港警察バグパイプバンドの太鼓に貼られていた、香港警察の紋章をアップで撮りました。

police-mark.jpg 香港警察の紋章は、1997年の香港返還の際に変更されました。

 香港が中国に返還される前のイギリス植民地時代、1997年6月30日までの香港警察の紋章は、エリザベス2世女王のもと、「皇家香港警察(Royal Hong Kong Police)」として下の写真のようなものでした。(引用元:チェシャ警察博物館

royalhongkongpolice.jpg 香港返還後、香港警察の紋章は、全体の構成は変えずに、王冠の代わりに、香港の旗と同じようにバウヒニアの花を置いて、中の絵柄もジャンク船から高層ビル群に変更されました。

 先の引用元サイトのここを見てもわかるのですが、もともと、こういう紋章はてっぺんに王冠がのっかって成立するものです。だからバウヒニアの花を置いたのは、とってつけたようでちょっと不自然な感じがします。

 でも、この新しい香港警察の紋章が、不自然であるからこそ、かつて香港がイギリスの植民地だったことを雄弁に語ってくれています。

 参考:ウィキペディア「香港の警察」

 これは、ウチにある皇家香港警察のピンバッジです。私の知人の叔父さんが香港警察の人で、皇家香港警察時代に彼からもらいました。

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 すごく小さなものです。ガラス状のものが表面に盛り上がっていて、雰囲気がいいので気に入っています。多分、当時香港の警察博物館などでも手に入ったもので別にレアなものではないと思いますが、家宝にしています。

 今回の香港ウィークでは、バグパイプの演奏が終わって退場するとき、客席に座っていた女性や子どもに、ポリスマンたちからキーホルダーが手渡されていました(私も欲しかった......)。

 ちらっとそのキーホルダーが見えました。香港警察の紋章でした。おそらく、香港警察はいままでにこの紋章を使っていろんな記念品を製作してきたのでしょう。私のピンバッジもそのひとつだと思います。
 セミナー「大解剖!香港夜景」のあとは、キャセイパシフィック航空券とグランドハイアット宿泊券セット争奪じゃんけん大会に参加しました。

 ステージのキャビンアテンダントと客席の一斉じゃんけんで、最後に残ったひとりが商品を獲得です。ジャンケンポーン!で、私は一発目に負けました(笑)。

 最後まで残ったのは5歳くらいの可愛らしい女の子でした。贈呈の模様を写真に撮りましたが、ブログに載せるのは控えておきます。

 そのあとはキャセイパシフィック航空の歴代ユニフォームのファッションショーがありました。キャセイパシフィックは今年が日本就航50周年だそうです。

 キャビンアテンダントの方々が歴代のユニフォームを身にまとってひとりひとり出てきたのを撮ったので、私はカメラ小僧みたいになってしまいました。

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【1代目】1946年~1950年



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【2代目】1950年~1954年



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【3代目】1954年~1962年



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【4代目】1962年~1969年



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【5代目】1969年~1974年



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【6代目】1974年~1983年



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目線くださいました。感謝です。


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【7代目】1983年~1990年



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【8代目】1990年~1999年



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【9代目】1999年~現在

 
 私がいちばんかっこいいと思うのは、グレーの2代目です。でも、この2代目は当時は冒険しすぎたのか不評だったのか、3代目は1代目に似たのに戻ってしまってます。

 こうやって見ると、やはり1970年代(5代目、6代目)のデザインが浮いている、と感じました。

 ということで、お昼前から夕方まで、香港を堪能しました。

kouryunen2009.jpg これはステージにあった「交流年」のロゴ。

 「日本香港観光交流年」ということは、香港でも「JAPAN  WEEK」とかのイベントをやってたりするのでしょうか。時代廣場とかで。和太鼓とか出てくるのか?
 バグパイプの演奏を聴いたあとは、キャセイ航空のブースでガラガラポンしてキーホルダーをもらったりして過ごしました。

 で、あらかじめメールで予約しておいた、午後2時からのセミナー「大解剖!香港夜景」に参加しました。

yakei1.jpg 場所は六本木ヒルズ内のヒルズカフェ。参加者は50名ほどだったでしょうか。司会者の方によれば、けっこう早い段階で予約はいっぱいになったとのこと。

 講師は夜景評論家の丸々もとお氏。世界各国の夜景を巡る、夜景ウォッチャーのプロの方です。

yakei2.jpg たくさんの解説図や写真をもとに、香港の夜景の良さやすごいところを解説されました。

yakei3.jpg 夜景を分類。体系的に分類すると、なるほどと思うところがありました。香港は、特にその夜景のバリエーションが豊富なことをあらためて知りました。

 そのあと各スポットから見た香港の夜景の話になりました。でも、セミナー前半部分で話された、たとえば尖沙咀から見た香港島の夜景などの説明は、香港未経験者向けの内容で、正直なところ、新しい話はあまりありませんでした。

 私が思うに、このセミナーに参加している人は、これから初めて香港に行く、という人はほとんどいなかったのではないか。

 こんなセミナーにわざわざ参加する人は、だいたいにおいて酔狂な人です。おそらくだいたいが香港リピーターなのではないでしょうか。私の近くのテーブルで相席になった女性おふたりも、初対面同志で香港ファンとして意気投合されたのか、「元朗は......」とか話されていたのが耳に入ってきましたし。

 今回のセミナーの前半については、丸々氏の持っている夜景評論家としてのコアなスタンスで、もっともっと香港の夜景についてディープなアプローチでのお話を、遠慮なくされても良かったのではないかな、と思いました。

 だからこのセミナーの主催者(香港政府観光局?)に対して、今後開くセミナーについて、おこがましいのを承知で、私はひとつ提案したい。

 私の提案は、事前アンケートをとれ、ということです。

 こういう趣味的なセミナーは、メールでの応募段階で、各受講者に対して、たとえば「これまでの香港渡航回数」などのアンケートをとっておけば良かったのではないかなあ、ということです。

 そのアンケートの回答で、受講者に香港未経験者が多い場合はセミナーの内容もそれに合わせ、逆にリピーターが多ければそれに合わせる、ということをすれば、効率良くピンポイントで受講者のレベルにドンピシャリの内容になったのではないかと......。

 あるいは、もっと言ってしまうと、セミナーというものは、その内容のレベルが高いほうがおしなべて満足度は高いはず。受講者に背伸びさせるくらいがちょうどいいと私は思います。

 初心者の受講者が仮に多かったとして、その初心者にとって難しいマニアックな話であっても、こういうセミナーに参加する人は、多分面白がってついてくると思います。

 セミナーの前半は、そんなことを頭の端に思っていました。


 ところが、後半に入って、だんだん夜景スポットがマニアックにないっていきました......。

 ここから話が面白くなってきました。

 これとか。

yakei3b.jpg そして、丸々氏のいちばんのおすすめの夜景が、「カオルーン・ピーク(飛鵝山観覧台)」という場所からの夜景です。

yakei4.jpg 九龍の山からの夜景なら、ライオン・ロックだったら私は行ったことがありますが、そこではありませんでした。私はこんなスポットがあることを初めて知りました。

 この場所を聞いただけでも、今回のセミナーは有意義でした。

 丸々氏は熱く語りました。はるか向こうに見えるのは香港島の摩天楼です。しかし、丸々氏はそんな摩天楼の光には触れずに、この「カオルーン・ピーク(飛鵝山観覧台)」からの夜景の真骨頂として、その手前、九龍に広がる50階、60階のたくさんの高層住宅の光がちりばめられた夜景のすごさを語りました。

 「ここからの眺めは世界に類を見ない」。

 
たくさんの人々が暮らしている、その証しである高層住宅の無数の灯を見て、「エネルギーを与えられる思いがする」、と丸々氏。

 私は、丸々氏に深く共感を覚えました。

 実は、このブログに書こうと思って先延ばしにしていたものがあります。私も夜景について、同じことを書きたかったのです。

 私にとっての香港の原風景は、初めての香港で着陸前に飛行機の窓から見た香港の夜景です。

 それは香港島の摩天楼で構成される派手な夜景ではありません。そのとき、飛行機の窓から摩天楼の夜景は見えていたかもしれないけど、わたしの眼にそれは入らなかった。

 私が感動したのは無数のアパートの窓から漏れた、黄色い生活の灯でした。

 私はこの灯を見て、「うわあ、香港だ、香港の人々が、ここに、いる!」と思ったのです。

 私の勝手な解釈で共感しているだけかもしれませんが、丸々氏が「ベスト・オブ・香港夜景」として「カオルーン・ピーク(飛鵝山観覧台)」を挙げるにあたって、香港の人々の暮らす高層住宅の明かりのすばらしさを語ったその気持ちが、とてもわかるような気がしたのです。

 さて、この「カオルーン・ピーク(飛鵝山観覧台)」、ここに駐車場があるそうです。そこから夜景を見られるとのことですが、丸々氏によれば、ここに行くにはタクシー以外の交通手段はないとのこと。

 タクシーに乗って行く場合も、きちんと行き先を説明する必要がある、そして、勝手にタクシーが去ってしまわないように交渉しないといけないとのことです。その場で待ってもらったほうがいい。そうじゃないと、帰れなくなってしまう!(笑)

 タクシーか、香港人の知人がいるなら、たのんでクルマを出してもらうかしか方法はなさそうです。

 私がライオン・ロックに行ったのは、パンダバスの現地ツアーです。たしか、キャセイの航空券予約のときに付いてきた無料のオマケでした。現地ツアーを初めて経験しましたが、そのときの1時間前後のツアーはそれはそれで面白かったです。

 で、私としては、現地ツアーの王者、パンダバスに、この「カオルーン・ピーク(飛鵝山観覧台)」に行くプログラムを組んでほしいです。

 今回の「大解剖!香港夜景」のセミナー、先に書いたように前半は香港初心者向けで受講者の求めているものと少々ギャップがあったかな、と思いましたが、後半はさすが夜景のプロフェッショナルだけあって、なかなか有意義なセミナーでした。

 参考:夜景評論家 丸々もとお氏のサイト http://www.superyakei.com/

     丸々もとお氏ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/superyakei
hongkongweek-cover.jpg きょうは六本木ヒルズで行われた「香港ウィーク」に行ってきました。7月1日からやっていて本日が最終日。

 今年は「日本香港観光交流年」だそうで、「香港ウィーク」はそのアンカーイベントということです。

 きょうは、ウチでは息子がスポーツクラブの大会に出場、カミさんはその応援に行ったため、私ひとりが六本木へ。

 もたもたして予定より遅く11時過ぎに家を出てしまいましたが、11時45分の香港警察バグパイプバンドの演奏に間に合いました。

bagpipe1.jpg 現役の香港警察の方々によるバンドです。今回のイベントで私はこれを一番楽しみにしていました。植民地時代の香港を思い出させてくれます。

bagpipe2.jpg 2曲目だったか、なんだか聴いたことある音楽だなと思ったら、『崖の上のポニョ』でした(笑)。

 バグパイプといえば、ホラ、あの曲! 題名が思い出せないのですが、イングランドとかスコットランドとかの民謡? あの曲を聴きたいと期待していたのですが、さすがに中国に返還されたんだから、やらないか......

bagpipe3.jpg と、あきらめていたら、最後の最後、退場するときに行進しながらやってくれました。そうか、トリの曲として最後にとっておいたのか。聴けてうれしかったです。

bagpipe5.jpg 夕方にも行われた最後の演奏のあとでは記念撮影が行われました。オフィシャルカメラマンの横に立って便乗させてもらいパチリ。香港ポリスの面々。皆さんいい笑顔です。<写真をクリックすると拡大して見られます。>

 【追記】 バグパイプのあの曲、探し出しました。「バグパイプ 試聴」とかで検索して、たどっていったら、ありました。曲名が判明。

 スコットランドの「国歌」、「スコットランド・ザ・ブレイブ」というものでした。

 YouTubeにありました。
 http://www.youtube.com/watch?v=IxpggQyIzLQ&feature=related

 そうか、スコットランドの、民謡じゃなくて「国歌」だったのか。

 こういうのもありました(これはポリスバンドじゃないかも)
 http://www.youtube.com/watch?v=QNHRXjbrA9s



 
CD欲しくなったので検索しました。ありました。
 amazon 「スコットランドのバグパイプ ハイランドの風」

 地元図書館のWEBで検索したらあったので私は借りることにしました。

 【その2へつづく】
 前回の続き。No.10です。写真をクリックすると拡大して見られます。(通しでご覧になりたい場合はこちらをクリック→ココ

slide-10.jpg 「No.10
  香港啓德國際機場夜景
  飛行場の夜景
  NIGHT VIEW OF AIRPORT.」

 1998年に閉鎖された今はなき啓德空港です。

 このスライドを見て最初に不思議に思ったのが、手前の建物群。向こうのビル群と塗り分けたように黒く沈んでいますが、勾配のついた屋根の低層の建物がたくさんあります。香港の都市部にこんな切妻屋根の建物が集中していたところがあったというのが意外です。

 住宅地なのでしょうか。団地じゃない住宅地が香港の都市部にあったのでしょうか。

 今回紹介している香港おみやげスライドはそれぞれ撮影された時代が少し異なりますが、このNo.10は何年に撮影されたものかたいへん気になります。

 この写真はちょっと調べたくなってきました。
 ショウブラザースのマークは、アメリカの大メジャー映画会社、ワーナーブラザースに似ています。

 こっちがショウブラザース。

shaw-logo.jpg
 こっちがワーナーブラザース。

warner-logo.jpg 映画が始まるときのオープニングの音楽は、あの20世紀FOXのファンファーレに似ています。

 こっちが20世紀FOX。



こっちがショウブラザース。


 と、ここまでは前から似てるなと思ってましたが、最近、日本の東宝の古い映画を観て、これとこれが頭の中で一致しました。

 上のYouTubeでも流れました、これがショウブラザースの。

shaw-scope.jpg これが東宝の。

toho-scope.jpg ワーナーブラザース + 20世紀FOX + 東宝 = ショウブラザース!

 【参考】 東宝スコープの解説(「トーホースコープ・ドットコム」より)
       ウィキペディア「画面アスペクト比」
 昨夜、何か書こうと思いましたが時間がありませんでした。

 代わりに、これを。

 いまから12年前の、当日の新聞です。

 http://homepage2.nifty.com/hongkong/michibata-paper.html
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