2010年1月アーカイブ

miugai_restaurant.jpg
ブログの管理画面を見たら
このブログの記事数が500を超えて502件となっていました。
これまでのコメントは1145件となりました。
ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。

  1月29日、土瓜灣馬頭圍道で唐樓の倒壊事故が起き、香港では大きく報道されています。


 古いビルの倒壊は、香港ではごくまれにだが起きる事故で珍しいことではない、と以前本で読んだことがあります。

 大通りから一歩はずれた道を歩いていて、古い唐樓を木や鉄の棒で押さえたり補強しているのを何度か見た記憶があります。



 そういえば、映画「燃えよドラゴン」のオープニングのタイトルバックの映像で、香港の街並みが出てきます。そのなかに、倒壊しないように木でつっかえ棒のように押さえている古い建物が写っています。

 実際に映画の画面に仕上がったのを見てみると分かりにくく、撮影者の意図がうまく伝わってこないように思われますが、私の勝手な推測をするに、この場面は、カメラマンやB班の監督(って言うのでしょうか? 景色とかモノとかそういう場面を、メインの撮影とは別進行で撮る監督)などスタッフが香港の街をロケハンして、建物を木で押さえているのを見て、おっ、これは絵になるゾと思ってフレームに収めた、ということなのかもしれません。

 YouTube 「Enter The Dragon opening titles and music」(23秒あたり)
aerophoto.jpg 「『地球の歩き方』の歩き方」を読んだあと、過去の「地球の歩き方 香港」をパラパラめくってみました。

 初期の「地球の歩き方 香港・マカオ」には、冒頭に三つ折りの綴じ込みで香港の航空写真(上画像)が載っていました。この写真は初版の88-89年版から92-93年版まで付いてました。(画像をクリックすると拡大して見られます)

 航空写真はいまやGoogleマップなどで簡単に、しかもズームイン/アウトもやりながら見ることができますが、九龍の西側が埋め立てられる以前の地形が見られるこの写真はなかなか貴重です。

 この航空写真には、いまは埋め立てられてなくなってしまった佐敦道碼頭や大角咀碼頭も見えます。少しわかりにくいですが啓徳空港の滑走路の左下にはあの九龍城砦もあります。

 こうしてみると、飛行場の滑走路はやっぱり大きいというか長いです。彌敦道の長さと比べるとその長さがよりハッキリ分かります。

 飛行場があって港があって高層ビルがあって山がある。飛行場は移転してしまったのが惜しいけど、香港とはまるで箱庭のような街だとこの写真を見て改めて実感。

 なんでもコンパクトに収まっているのは、だから面白くて楽しいですよね。箱庭とか盆栽とか鉄道模型のジオラマとか、女性なら「シルバニアファミリー」とか「こえだちゃんと木のおうち」とかドールハウスとか、そういう、ぎゅっとコンパクトにまとまったものに、魅力を感じてしまう人はけっこう多いと思いますが(私もそのひとり)、香港はそういう、ぎゅっとしている面も大きな魅力のひとつではないでしょうか。
chuka_denei_contents.jpg 発売されたばかりの 「中華電影データブック 完全保存版」 のことが、毎日新聞の記事になりました。

 毎日新聞【銀幕閑話】 http://mainichi.jp/enta/geinou/asianenta/ginmaku/

 このデータブックの執筆者のひとり、水田菜緒さん(monicalさん)がご自身のブログで紹介されています。

 HongKong Addict Blog 「毎日新聞【銀幕閑話】にデータブックが取り上げられました。」

 このデータブック、上の写真を見てもわかりますが、ものすごい情報量です。これが500ページ以上延々と続きます。

 映画をDVDで観ているとき傍らに置いて、キャストやスタッフのクレジットでふと気になる名前を見つけたらすぐ調べる、ということもできますね。


 参考:キネマ旬報社
      アマゾン「中華電影データブック 完全保存版」
 香港おみやげスライド<No.28>です。(前回はコチラ。最初からまとめて見るならコチラ。)

slide-28.jpg 「No.28
  佐敦道碼頭
  カーフ工リー
  CAR FERRY」


 今はなき佐敦道碼頭です。スライドマウントに印字されている日本語表記、「カーフェリー」の「ェ」が漢字の「工」になってました。

 退色とピントが甘いのを少しだけ修正しました。写真をクリックすると拡大します(久しぶり)。

 撮影は1970年代前半か。根拠はありません。

 写真の右にトラックなどが並んでいます。多分、フェリーに乗るのだと思います。

 写真を拡大して見てみると、フェリー乗り場の建物の上の時計のところに、時計ブランドの「RADO」の文字が読めます。車両の乗り入れ口にはモンブラン万年筆の看板が見えます。

 写真右には、クルマを積む船だとひと目でわかるフェリーが湾上を進んでいます。かなり岸辺から離れているので、佐敦道碼頭ではなく屯門や大角咀碼頭などと香港島の間を往き来している船かもしれません。



    宿に帰り、シャワーを浴び、ひと休みしてから夕食をとりに出た。
   疲れているはずだったが、彌敦道を五分も歩いているうちに、店や人や
  乗り物に眼を奪われ、また新しく興奮してきた。彌敦道を北へ十分も行くと、
  佐敦道という賑やかな通りにぶつかる。私はその佐敦道を左に曲がってみた。
  大きな百貨店やレストランが続く通りが途切れると、油麻地の埠頭に出る。
  やはりフェリーのターミナルがあり、バスの発着所もある。
   そこには広大な遊びの空間があり、周辺のアパートの住民が夕涼みに
  出てきている。子供の手を曳いた若い夫婦もいれば、海からの風を利用して
  凧を上げている少年もいる。

        「深夜特急 第一便 黄金宮殿」 沢木耕太郎 (P.71/文庫版 P.88)より

 ここに出てくる「フェリーのターミナル」というのが、佐敦道碼頭のことだと思います。

 ちなみにこのあと主人公の「私」は、さらに油麻地を歩き、「信じられないような光景」として夜店に遭遇します。主人公はそこが「廟街」と呼ばれることを、あとで宿に帰ってから見た地図で知ることになります。


 私の持っているなかで一番古い地図(1991年版の「香港街道地方指南」)で見てみると佐敦道碼頭はこうなっています(赤い矢印のところ。ちょうどページの端っこで切れているのが悩ましいが)。
 
map_jordan_pier.jpg 彌敦道と佐敦道の交差点、裕華国貨デパートの前から西へ3、4分ほど歩けば、佐敦道の西の突き当たりがバスターミナルになっていて、フェリー乗り場があったのでした。


 現在のここの付近がどうなっているか、Googleマップで見てみると、こんな感じ。


大きな地図で見る

 この地図の中ほど、緑色の「城市高爾夫球會」の右あたりがフェリー乗り場とバスターミナルだったところです。

 このGoogleマップの左上の「-」ボタンでズームダウンすると、かつてフェリー乗り場がどこにあったのかよくわかります。もう、まわりは完全に埋め立てられています。


 今はもうない佐敦道碼頭。Google香港で「佐敦道碼頭」で画像検索すると写真がたくさん出てきました。今回のスライドと同じ画像もありました。

 いくつか載せておきます。

jodan_pier06.jpg  整然と並ぶバス。ファイル名には1960年代となっていました。図書館所蔵の画像がアップされて流れ流れてアップされていたもの。


jordan_pier01.jpg 上の写真はファイル名が1970年代となっていました。1枚目より古そうな感じもしますが。


jordan_pier02.jpg フェリー乗り場前のバスターミナル。なんでこんなに人がたくさんいるのでしょうか。朝の通勤で香港島からフェリーでやってきてそれぞれ九龍各地に行くためバスに乗り替えるところか? 子ども連れもいるけど。

 
jordan_pier03.jpg この写真はフェリー乗り場の道路の仕組みがよくわかります。

 フェリーに乗り込むクルマが佐敦道からやってきてストレートに乗船できるような形になっています。バスターミナルも同じように効率よく入ってきて出て行ける構造になっているのがわかります。

 たくさんのクルマが乗船待ちで並んでいます。写真の左の船は人間だけ乗る船です。右側の、乗り場に両側からはさまれた格好になっている船はクルマも積めるのだと思います。船尾からクルマが出入りするようになっています。

 このバスターミナル、写真で見るとけっこう大きいです。今もあるスターフェリー乗り場前の尖沙咀のバスターミナル以上の規模では?

 この4枚目の写真は、1~3枚目の写真と比べるとバスがゴチャゴチャしています。よく見ると、1~3枚目までは確認できるバスの「駅」というか(名称知りません)発着の屋根付き歩道が並んでいるのに4枚目にはありません。

 最初あったものが撤廃されたのか、最初なかったものがあとになって設置されたのか?

 普通に考えるとあとになって設置されたと考えるのが妥当なので、4枚目の写真は一番古いものかもしれません。

 写真の上にある大きなビルは建築中のシックス・ストリート・アパートメント(多分この名前はのちになってから使われる通称)。私は以前、一度だけ、このビルに入って探検したことがあります。



jordan_pier04.jpg これは映画の一場面か? シックス・ストリート・アパートメントを舞台にした映画がたしかありましたよね。それか?


 Googole検索でヒットした画像をいくつか見ていて、あ、と思ったのがこれ。

jordan_pier05.jpg 上の写真、つい最近たまたま記事に載せた、私が撮った下の写真と同じところが写っています。

alba.jpg 私はこれ、初めての香港旅行で1986年の3月に自分で撮ったのですが、どこで撮影したものか忘れていました。看板の文字が大きいから、てっきり、九龍城エリアの啓徳空港の近くかと思ってました。でも正解は佐敦道碼頭のバスターミナルの横だったのでした。


 ほかにも写真を見たい方はコチラをどうぞ。
 Google「佐敦道碼頭」画像検索結果


 私は、佐敦道碼頭からフェリーに乗ったことが一度だけあります。行き先は中環だったか上環だったか、それとも別のところだったか、覚えていません。

 沢木耕太郎よろしく佐敦道を西にずんずん歩いたらフェリー乗り場があったので、売店でスナックとジュースを買ってそのままフェリーに乗り込んだのです。

 どんなフェリーだったかほとんど記憶にありません。クルマを積める船だったかどうかも記憶にないです。ただ、ものすごくローカルな雰囲気ではありました。

 スナックを食べながら潮風にふかれてすごく幸せな気持ちだったことだけは覚えています。


 参考:維基百科「佐敦道碼頭」
    
     アマゾン 「深夜特急 第1巻 香港・マカオ」(たくさんのレビューあり)

chuukadenei_amazon01.jpg さっき家に帰ったら、アマゾンに注文しておいた「中華電影データブック 完全保存版」が明日の発売を待たずに届いてました。カミさんが受け取っておいてくれました。

 発売日前の本をネット書店に予約注文したのは初めてでした。

 そうか、発売日2、3日前に印刷所から出荷されて取次や版元へ届くのと同様にアマゾンにも届くわけだから、そのアマゾンから客へ配送されれば、発売日より前に届いてしまうわけか。


 実際に手にとってみて今回の「データブック」のボリュームを実感。
 
chuukadenei_amazon02.jpg 上の青いのが13年前に出た前回の「中華電影完全データブック」。総ページ数342ページ。今回のは528ページでそのページ数の違いが厚さに表れて一目瞭然。

 本の構成自体は、先日の記事で載せた写真のように、前回の「データブック」と同じです。表紙には「俳優・スタッフ850人、中国語圏映画作品600本以上を収録」と書いてあります。
 

 ネット全盛の今、こういうデータベースはまさにネットのお家芸ではあるけれど、でも、プロフェッショナルの手によって編まれた「データブック」に優るものナシ。

 ソファに寝そべってパラパラと読めるのも紙の本ならではです。

 ヒマをみて眺めてみようと思います。


 今回は気まぐれでアマゾンに注文しました。アマゾンから届いたこの本、完全無欠のミント状態でピッカピカだし、おまけに書店ならレジで抜き取られる補充注文用のスリップも付いたままだからイイ記念になるし、それに発売日前に手にすることができるし、1500円以上だから送料は無料だし、と、ネット書店の威力を思い知りました。

 私はもともと街の書店で手にとって買うのが好きなので、ネット書店は街の書店に在庫がないときだけ利用してきました。が、今回のことでネット書店の魅力にちょっと負けそうです。


 【追記】
 いま各ブログを巡回してみました。「阿Sam 気まぐれ日記」によれば、Katoさんが、大きな書店にこの本が入荷されていたので買われたとのこと。

 あ、アマゾンをよく見たら、発売日が1月27日になってる。monicalさんのブログには1月26日となってた。私の勘違いだったのか......(汗)。てっきり28日の発売かと。

 なあんだ、「ネット先行」じゃなかったのか。

 やっぱり街の書店に優るものナシ!(笑)
 香港おみやげスライド<No.27>です。(前回はコチラ。最初からまとめて見るならコチラ。)

slide-27.jpg 「No.27
  帆船
  ジャンク船
  CHINESE JUNK」


 ジャンク船です。写真自体はフツーなので今回も拡大画像はナシ。

 尖沙咀や中環のプロムナードから対岸の景色を眺めていると、たまに見かけるヴィクトリア湾を漂う古いジャンク船。

 何かの本に書いてありました。あのジャンク船は、観光協会が観光客向け用に浮かべているとか。

 ジャンク船は香港のアイコンのひとつでした。もうずっと、香港観光協会の時代から、香港政府観光局のシンボルマークもジャンク船です。

HKTB_logo.jpg ここのところご無沙汰の香港、私は、頻繁に香港に行っているときも、ジャンク船は特に注意して見てこなかったので記憶に薄いです。たしかにヴィクトリア湾に浮かぶジャンク船を何回か見た記憶はあるけれど、それがいつ頃のことかよく覚えていません。

 1990年代や2000年代に入ってからも、こういうジャンク船は浮かんでたんでしょうか。今でも浮かんでいるのでしょうか。
neppuu.jpg 今回は直接香港とは関係ありませんが、私の好きな古き良き香港の映画館の、「映画館」つながりです。
 
 私がよく行く三省堂書店神保町本店の6階に、スタジオジブリが発行している「熱風」というフリーペーパーが置かれています。

 月刊の文芸誌などと同じ小ぶりのA5判で中身はオール1色。地味な雰囲気。

 しかし、なかなか面白い内容なのです。80ページで本文2段組みとボリュームがあり、なかなか読み応えあり。

 スタジオジブリの宣伝とか広報とは特に関係ない内容です。こんなご時世にこんなフリーペーパーを毎月出す、ジブリの経済的な余裕を感じてしまいます。

 この「熱風」で私が好きなのは、ふたつの連載。20世紀FOXなど洋画の配給会社で長らく活躍していた人物による映画業界の裏話や、現東宝社長による若かりし頃の映画製作の話などが毎月寄稿されています。

 私は月に1回出るこの雑誌を楽しみにしています。

 
 この「熱風」は、特に映画ばかりを扱った本というわけではないのですが、最新号の1月号の特集が、「映画館」。

 映画館に携わる当事者の寄稿による「映画のデジタル化」や「新宿バルト9ではじめた試み」、アメリカの3D映画のエキスパートが語る「3D技術」、映画好きの放送作家が語る、実は今名画座が盛況という「東京の映画館はどういうことになっているのか」、清水ミチコさんが語る「映画よりも映画館が好き」(彼女は台湾など海外に行っても映画館に行ってしまうとのこと)など、フリーペーパーにしておくのはもったいない内容です。

 この記事のなかに、「日本最古の映画館」として、愛知県西尾市の西尾駅前にある「西尾劇場」というのが、名前だけですがちらっと紹介されていました。

 気になったので検索したら、紹介されていました。

 これが西尾劇場。昭和15年(1940年)に他の場所からここに移築して以来現在まで続く劇場だそうです。

nishiogekijo.jpg ネット上ではここで紹介されていました。
 http://www.cinema-st.com/road/r050.html

 このサイトには、この西尾劇場ほか日本全国の映画館が紹介されています。

 「港町キネマ通り」
 http://www.cinema-st.com/index.html


 古い映画館には、(ディズニーランド以外の)遊園地が夕刻、ふと見せるようなわびしさがあります。現在主流のシネコンにはそんなものを微塵も感じさせない雰囲気がありますが、私は古い映画館の持つ「興行の匂い」がそこはかとなく好きでした。私が香港の昔の映画館が好きなのも、単に「大きいから」という理由だけではありません。私には古い香港の映画館は、「ニューシネマパラダイス」の世界でした。


 「熱風」で映画好きの放送作家さんが、シネコンの良さや魅力を紹介しつつも、最後にこう書いていました。

 「とにかく1日でも長く、新宿ミラノ1は存続してほしい、につきる。(中略)日本最後となった『大ハコ』で皆さんももう一度映画を観てほしい。お願いばかりですみません。」

 香港も日本も、映画館を巡る状況は同じようですね。香港には、もう存続してほしい「大ハコ」の映画館がなくなってしまいましたが。


 「熱風」の取り扱い店はここにリストがあります。
 http://www.ghibli.jp/shuppan/np.html
cmizer.jpg おとどし「コマーシャライザー」で作りました、私のサイトCM、久しぶりに行ってみたら、歴代CM 4万7419本のうち、人気ランキンングで私のが102位にランクされていました。

 人気ランキングといっても単にアクセス数のことですが、102位とはけっこう上位のような......。アクセス数6万2000です。しかし、これにはウラがあります。(ウラでもなんでもないのですが)

 私はそのCMを、当ブログの左サイドに貼り付けています。

 当ブログにアクセスすると、貼り付けたコマーシャライザーのCMもアクセスしたとしてカウントされてしまうというわけです(おそらく)。

 じゃないと6万なんてアクセス、あるはずがありません。

 私はカウントを増やすためにブログにCMを貼ったわけではないです。単にブログを賑やかにしたかっただけ。だから実際に私のCMのページに直接アクセスした本当のカウントを知りたいです。

 私の作ったCM http://cmizer.com/movie/15940
 ちょっと間が空きました。香港おみやげスライドです。(前回はコチラ。カテゴリはコチラ

 たいして面白い写真じゃないので今回はさらっと。
 
slide-24.jpg 「No.23
  香港仔海鮮舫
  水上レストラン
  FROATING RESTAURANT」




slide-25.jpg 「No.25
  海洋公園海獅表演
  カーだん[居刂]場・海洋公園
  GARDEN THEATRE OCEAN PARK」




slide-26.jpg 「No.26
  海洋公園吊車
  ケブルカー 海洋公園
  CABLE CAR SYSTEM,
  OCEAN PARK」


 
 香港おみやげスライドも折り返し地点を過ぎてだんだん日本語の表記が怪しくなってきました。

 ふたつめの「[居刂]場」は劇場、「カーだん」は英語の「ガーデン」と言いたかったのでしょう。

 3つめの「ケブルカー」は見逃してあげます。

 水上レストランとか海洋公園とか、この3枚はつまらないので、画像の拡大はナシです。

 もっと、街中の風景が見たいです。
 いままでRSSというものがよくわからなかったしほったらかしにしていました。いや、いつも私がこのブログの記事を書いてアップした後に決まってアクセス数が増えるので、記事の更新が自動的にわかるのがRSSなんだろうとは思ってました。でも取り入れるのがめんどくさくて私は今日まで昔ながらに「お気に入り」を順にクリックしてきました。

 でも、私もやっと遅ればせながら「Googleリーダー」を導入。

 最初はRSSリーダーのソフトを入れようとも思いましたが、たくさん種類があってどれがいいのかわからないので、とりあえず手っ取り早いのでGoogleリーダーにしました。

 で、よく行くブログさんをいくつか登録しました。

 RSSというのはこういうことか! と今さらながら便利さを知りました。

 見ると私のブログは登録数10となっていてそれはそれで大変ありがたいのですが(多謝多謝)、RSSリーダーで閲覧すると、ブログの記事部分しか表示されないことを知りました(それともそれはGoogleリーダーだけ?)。

 私のブログはけっこう頻繁にヘッダー画像を変えております。

 いま、この記事をRSSリーダーでご覧の方、たまには直接アクセスしてヘッダー画像も見てください(笑)。細工もしてあるので。
arukikata_no_arukikata2.jpg
 乗車率200%かと思われる満員電車のなかでスペースを確保しながら、図書館から借りてきた「『地球の歩き方』の歩き方」(新潮社)を毎日少しずつ読みました。

 面白かった。

 「地球の歩き方」を作った安松氏や西川氏などキーマンとなる4人のインタビューによる構成のこの本で、「地球の歩き方」の誕生までの経緯と現在までの軌跡がよく分かりました。



 「地球の歩き方」が誕生したのは、かなり大雑把に言うと、こんな経緯。

「地球の歩き方」を出しているのはダイヤモンド・ビッグ社です。この会社は、経済系出版社であるダイヤモンド社の子会社です。

 ダイヤモンド・ビッグ社は1969に設立され、大学生に就職情報誌をダイレクトメールで配布する業務を行っていました。

 やがて同社は海外事業部という部署を設け、DST(ダイヤモンド・スチューデント友の会)という会員組織を作り、就職内定者の海外研修ツアーを斡旋する業務に乗り出します。

 海外研修ツアーはやがて語学研修や大学生の「自由旅行」に発展。同社の旅行受付カウンターは、海外に行く学生や帰ってきた学生の集うサロンのようになりました。

 海外事業部は、「海外に行こう」と学生の背中を押す海外旅行説明会を頻繁に催しました。当時、1970年代はまだ個人旅行、ましてや学生の自由な旅行などほとんど行われていない時代です。

 その説明会では、のちの「地球の歩き方」創刊メンバーとなる安松氏や西川氏が先頭に立って、「海外旅行はパックツアーじゃなくてもっと自由に、もっと安くできるよ」と自らの旅の経験を熱く語り、会場はそんな「先輩」の体験談を聞こうと立ち見まで出る盛況となりました。

 そしてその説明会で、安松氏や西川氏は旅行を計画する学生たちへ向けて旅行マニュアルの無料配布を始めました。

 その無料マニュアルには、海外をパックツアーではなく個人で自由に1ヶ月、2ヶ月と動きまわるノウハウや、DSTを通じてすでに自由旅行を経験した人々の投稿などが載っていました。

 その後、このマニュアルが1979年に市販されました。それが、「地球の歩き方」です。


 
 最初はアメリカやヨーロッパ。やがてインド、オーストラリア編と続きます。

 初期の頃は、編集者が旅先で見つけてくる旅人が原稿を書くという、そんな手作りのガイドブックでした。

 やがて「地球の歩き方」はアジアや、世界の各都市やリゾートエリアにもタイトルを拡大していきます。脱・学生を図り始めもします。


 前置きが長くなりましたがここからが今回の記事の本題、かなり大雑把ですが以上のような経緯を経て1988年に誕生したのが、「地球の歩き方 香港編」です。


 そこから2年さかのぼる1986年、私は、初めての海外旅行で行くことになった香港のガイドブックを買いに、西武百貨店池袋本店の書店に行きました。いまでも覚えています。そのとき、「地球の歩き方」というガイドブックが棚に並んでいたことは私の記憶にはありません。

 まだタイトル数が少なくて、本棚の目立つところには置かれていなかったのかもしれませんし、私の目がただひたすら「香港」の二文字を探していたからなのかもしれません。

 このとき、本屋さんで私の目にとまったのは、その日から私にとっての香港旅行のバイブルとなった、宝島社(当時JICC出版局)の「宝島 スーパーガイドアジア 香港・マカオ・広州」です。(リンク先の文、事実が判明したので後半は要修正です......)

 「スーパーガイドアジア」は、「地球の歩き方」に触発されて出版されたものかもしれません。しかし、ことアジアに関しては「地球の歩き方」よりもこの「スーパーガイドアジア」のほうが個人旅行のガイドブックとして先んじて誕生していました。

 ちなみに、写真の左が「地球の歩き方」香港編のいちばん最初の88-89年版、右が1984年に出た「スーパーガイドアジア」の香港編です。

arukikata_takarajima.jpg さて、話もどって「地球の歩き方」の香港編。

 アメリカやヨーロッパ、インドの長期旅行だけではなく、一都市滞在型のガイドブックもタイトルに加えて拡大路線をとった「地球の歩き方」は、内部でいろいろと葛藤があったらしいです。

 この香港編を出すときの経緯が、「『地球の歩き方』の歩き方」には具体的に書かれていました。

 「地球の歩き方」を立ち上げたメンバーのひとり、自らがバックパッカーだった西川敏晴氏のインタビューとして載っています。以下、引用。

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 いままでの、「地球の歩き方」とは違う都市編。その製作を打診されたライターの中には、「そこまで要求されてもできません」と断り、タイトルを手放した人もいます。1988年に創刊した香港・マカオ編は、中国自由旅行編の創刊から携わり、CPCという編集プロダクションを立ち上げていた川田秀文さんにお願いしました。彼はすごく硬派なキャラクターで、「俺は土産屋のことなんか書きたくない」と、きっぱり断りました。
 それで思わず大声を出してやり合ってしまったのですが、川田さんは初期の「地球の歩き方」のスピリットを大切に持ち続ける人でした。バブルのころの香港といえば、ショッピングとグルメの聖地みたいなイメージでしたが、「ショッピングばかりの軟弱な本にはしたくない!」と言い切る、頑固で、そしそして信念の人でした。(P.208-209)

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 しかし出版社としては、そうはいかない。数年間(!)路線を巡る議論を重ね、香港編は別の女性編集者にバトンタッチしてできあがった。紆余曲折のあった香港編だが、いまでも街の歴史などが書かれているのは川田流の名残だということです。

 そしてこの香港編は、激戦区の香港のガイドブックでトップシェアを獲得。


 1986年に初めて香港に行ってすっかりその魅力にとりつかれてしまった私は、この初版の香港編88-89年版がリアルタイムで書店に並ぶのを待ちに待って買った記憶があります。

 すでに私にとってはバイブルは「宝島 スーパーガイドアジア」でした。それを迎え撃つ、アジア各都市編では「スーパーガイド」の後塵を拝することになった後発の「地球の歩き方」が、どう香港を料理してガイドブックを作るのか期待しました。

 私は既刊の「地球の歩き方 インド」などを見てましたので、いったいそんなガイドブックが香港という、ある意味「俗な観光都市」をどういうアプローチでガイドするのか興味があったのです。

 で、ようやく出た「地球の歩き方 香港」は、私の感想としては、無難にまとめたかな、という印象でした。いま思えば、本に書かれているような当時の内部の葛藤や議論を経て最終的にソフトランディングした結果が最初の88-89年版香港編だったということなのかもしれません。

 この香港編を、私は88-89年版から毎年欠かさず買い求め、09-10年版まですべて持っていますが、順番に見ていくと、「地球の歩き方」が、香港をどうとらえ、香港旅行に行く人々のニーズをどうとらえているか、また香港に行く旅行者のうちどんな層の旅行者を対象読者に据えているのか、それらの変遷も見えてくるような気がします。

 この「『地球の歩き方』の歩き方」を読むと、「地球の歩き方」の変遷とともに、日本人の旅行形態の移り変わりも見えてきます。そしてその日本人の旅行のカタチに、ときに翻弄されるガイドブックというものの宿命もよくわかります。

 いまでは、すっかりガイドブックの王者として君臨している「地球の歩き方」ですが、草創期は小さなところから出発したことが、この本を読んでわかりました。

 今回のこのブログの記事では淡々と経緯のみ紹介しましたが、この本は、上に書いた西川氏や安松氏など4人のキーマンが出てきて語る構成となっています。いまはなきNHKの「プロジェクトX」みたいな番組でこの4人を主人公にした「地球の歩き方」誕生と軌跡のドラマをやってみたらかなり面白くなるんじゃないか、とも思いました。けっこうドラマチックなのです。

 この本、私はなかなか面白かったです。私の利用する図書館では8冊が納入されていて全部貸し出し中です。

 【ご参考】 アマゾン:「『地球の歩き方』の歩き方」

 下の記事の、銀座の宝石店の事件の、香港での報道です。YouTubeで配信している蘋果日報の動画ニュースから。

 わざわざCGで再現して、凝ってるなあ。そのCG、ちょうど60秒のあたり、3人の賊の真ん中の人、イチローだと思います。

 なんか香港関連の事件が続きますな。正月早々、物騒でした。犯人が逮捕されたとの報。仲間割れとの情報もあるようです。 

 事件はともかく私が気になったのは、香港警察が押収品を並べて公表するとき、「勞力士(ROLEX)」とかメーカー名の紹介(?)の紙を置いていること。

 日本の警察は盗品などの押収物の公開でいちいちメーカー名なんか示しませんよね?


 あと、上の映像を見て気になったのは、腕時計を表す表記。広東語(国語も?)では「手表」とかあるいは単に「表」だと私は思ってましたが、今は「金」へんがつく「錶」なんでしょうか。
 映像を見ると、置かれている紙には「勞力士」とかすべて「金」へんが付いてます。

 わたしは広東語や中国語がさっぱりなのでよくわかりません。



 ちなみにこれは大昔、1986年に撮った写真。日本の腕時計のアルバの看板です。

 「表」となってます。

alba.jpg
 http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00169744.html

 私がラジオで先に聞いたとき、ニュースで「観光地としても有名な『市場』」と言っていたのでどこかと思いましたが、映像を見ると油麻地の男人街か旺角の女人街のようです。

 通りに面したビルから薬品をまいたようですが、いやな事件です。
kinejun01.jpg
 きのう紹介いたしました「中華電影 データブック完全保存版」は13年ぶりに刊行されますが、1990年代はキネマ旬報からたくさんの香港・台湾・中国映画の臨時増刊号が出ていました。私もそれらが本屋さんに並ぶたびに手に入れてました。

 写真のいちばん右が、1997年11月に出された前回の「完全データブック」。

 中身は俳優や監督、スタッフなどの人名録や作品録となっています。

kinejun_contents.jpg 前回は342ページに人物600人、作品400本のデータが収録されていましたが、今回は人物800人以上、作品600本以上を収録。ページ数も540ページとなりました。

 ネット全盛のこんにちですが、このデータブックは香港・台湾・中国映画のファンにとって有用な一冊になると思います。

 執筆者やスタッフが相当力を入れたそうなので、私も期待しています。

 アマゾン:「中華電影データブック 完全保存版」
chuuka_denei.jpg  執筆者のひとりmonicalさん発、マイミクさん経由の情報です。

 キネマ旬報社から発売される「中華電影 データブック完全保存版」の予約が開始されました。

 13年ぶりに出るこの本、今回はなんと総ページ数540ページ。

 発売は1月26日。

 値段が3780円と少々高いけど、期待される内容とボリュームからいって、これは資料としても断然「買い」です。

 アマゾン:「中華電影データブック 完全保存版」
arukikata_no_arukikata.jpg 図書館で予約したものがようやく私にまわってきました。

 去年11月に新潮社から出た「『地球の歩き方』の歩き方」。

 ガイドブックの読み方が載っているわけではありません(この書名、すこし紛らわしい)。「地球の歩き方」というガイドブックが誕生するまでとその後の経緯についての物語が、当事者のインタビューによって構成されています。けっこうドラマチックらしいです。

 香港編のことも出ているかもしれません。

 読後レポートは必ず書きます。今回はほったらかしにしないつもり。


 amazon:「地球の歩き方」の歩き方
 ここのところYouTubeネタばっかりですが、こういうのを見つけました。


 「Ferry to Hong Kong」(1959年)。イギリス映画のようです。この映画のオープニングを見て思いました。このオープニングのタイトルバックが、李小龍(ブルース・リー)の「燃えよドラゴン」(「龍爭虎鬥/Enter The Dragon」1973年)になんだか似ています。音声なしで見比べるとより似ている。


 最初に出てくる主演俳優のクレジットが連名、それらが赤い文字で、書体もどことなく似ていて、山から見下ろした香港島の街の遠景をパンニングしながら登場する映画のタイトル、そして出演者がこちらに向かって歩いてくる、香港人が行き交う下町の雑踏。

 要は、外国人の視点で見た香港の風景をバックにした典型的なオープニングなんでしょうけど、それにしても似ていると私は思いました。

 音付きで見るなら、ためしに、上の「Ferry to Hong Kong」の音声をオフにして再生をスタートさせ、15秒くらいあとに下の「燃えよドラゴン」を音アリで再生しておなじみの音楽を聴きながら、上の「Ferry to Hong Kong」の映像を見てみてください。

 惜しむらくは「燃えよドラゴン」の再生スピードが実際よりかなり早いこと(音声も早い)。酔狂な人は、通常速度の音声が流れる下の「Enter the Dragon theme」をクリックして「Ferry to Hong Kong」の映像に合わせて聴いてみてください。いや、いいです。たいして面白くもないから、もうやらなくていいです(笑)。

 

 「Ferry to Hong Kong」は主演クレジットにもあるとおり、往年の超大物俳優オーソン・ウェルズも出ています。

 映像が粗くて分かりづらいですが、タイトルや俳優やスタッフのクレジットが中文でも表記されていて凝っています。

 映像に出てくる監督のクレジット、ルイス・ギルバートで検索したら、邦題がわかりました。「香港定期船」という題名らしいです。この監督、どこかで聞いたことある名前だなと思ったら、「007」も監督してました。日本が舞台の「007は二度死ぬ」も撮ってます。

 観てみたい「香港定期船」。でもレンタルにもなさそうだな。

 ほかのことをYouTubeで検索していたら、こういう映像を見つけました。

 「香港 HONG KONG 1961」という題名。

 この映像、なんだか見たことがあるなあと思いました。

 画面のタテ×ヨコの比率がシネスコサイズです。

 最初の場面の飛行機が滑走路に降りるところからして見たことがあるなあ、と思い、さらに見ていくうちに判明。

 全部これ、東宝映画に出てくる映像じゃないか!

 「社長洋行記」(1962年)とか「香港クレージー作戦」(1963年)とかに出てくる香港ロケのシーンです。

 劇中、登場人物が香港に乗り込んだときなどに、香港情緒を出すために定番としてインサートで入れる、香港の景色のシーン。

 でも、こうしてこれらのシーンを単独で見てみても、BGMがうまく入っているせいかなかなか楽しめます。

 当時(1960年代はじめころ)、東宝は香港ロケ作品をたくさん撮ったらしいですが、上の映像を見ていると、香港ロケのときに他の映画でも使い回せるように、「素材映像」をたくさん撮っていたのかなあ、とも思いました。

 NHKスペシャルの「チャイナパワー」でも取り上げられていた映画 『十月圍城』の予告編は、香港版や本土版があり、またそれぞれにいくつかバージョンがあります。上のはそのうちのひとつ。

 中身を明らかにしない(まだ中身を見せるような素材のない頃の)ティーザー版です。

 維多利亞灣(ヴィクトリア湾)をはさんで臨む香港島の景色が、ずんずん過去にさかのぼっていく映像。

 こんな予告編を見たら、香港ファンはこの映画を観に行きたくなってしまいます。

 香港では12月18日に公開。早く日本でやってほしいです。


 【参考】
 いろんな予告編 YouTube「十月圍城」検索結果
 『十月圍城』公式サイト http://www.bodyguardsandassassins.com/
takeout.jpg新年快樂!

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

今年も、香港禁断症状全開バリバリで行くぞ!

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