「地球の歩き方」香港編誕生のウラ話

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 乗車率200%かと思われる満員電車のなかでスペースを確保しながら、図書館から借りてきた「『地球の歩き方』の歩き方」(新潮社)を毎日少しずつ読みました。

 面白かった。

 「地球の歩き方」を作った安松氏や西川氏などキーマンとなる4人のインタビューによる構成のこの本で、「地球の歩き方」の誕生までの経緯と現在までの軌跡がよく分かりました。



 「地球の歩き方」が誕生したのは、かなり大雑把に言うと、こんな経緯。

「地球の歩き方」を出しているのはダイヤモンド・ビッグ社です。この会社は、経済系出版社であるダイヤモンド社の子会社です。

 ダイヤモンド・ビッグ社は1969に設立され、大学生に就職情報誌をダイレクトメールで配布する業務を行っていました。

 やがて同社は海外事業部という部署を設け、DST(ダイヤモンド・スチューデント友の会)という会員組織を作り、就職内定者の海外研修ツアーを斡旋する業務に乗り出します。

 海外研修ツアーはやがて語学研修や大学生の「自由旅行」に発展。同社の旅行受付カウンターは、海外に行く学生や帰ってきた学生の集うサロンのようになりました。

 海外事業部は、「海外に行こう」と学生の背中を押す海外旅行説明会を頻繁に催しました。当時、1970年代はまだ個人旅行、ましてや学生の自由な旅行などほとんど行われていない時代です。

 その説明会では、のちの「地球の歩き方」創刊メンバーとなる安松氏や西川氏が先頭に立って、「海外旅行はパックツアーじゃなくてもっと自由に、もっと安くできるよ」と自らの旅の経験を熱く語り、会場はそんな「先輩」の体験談を聞こうと立ち見まで出る盛況となりました。

 そしてその説明会で、安松氏や西川氏は旅行を計画する学生たちへ向けて旅行マニュアルの無料配布を始めました。

 その無料マニュアルには、海外をパックツアーではなく個人で自由に1ヶ月、2ヶ月と動きまわるノウハウや、DSTを通じてすでに自由旅行を経験した人々の投稿などが載っていました。

 その後、このマニュアルが1979年に市販されました。それが、「地球の歩き方」です。


 
 最初はアメリカやヨーロッパ。やがてインド、オーストラリア編と続きます。

 初期の頃は、編集者が旅先で見つけてくる旅人が原稿を書くという、そんな手作りのガイドブックでした。

 やがて「地球の歩き方」はアジアや、世界の各都市やリゾートエリアにもタイトルを拡大していきます。脱・学生を図り始めもします。


 前置きが長くなりましたがここからが今回の記事の本題、かなり大雑把ですが以上のような経緯を経て1988年に誕生したのが、「地球の歩き方 香港編」です。


 そこから2年さかのぼる1986年、私は、初めての海外旅行で行くことになった香港のガイドブックを買いに、西武百貨店池袋本店の書店に行きました。いまでも覚えています。そのとき、「地球の歩き方」というガイドブックが棚に並んでいたことは私の記憶にはありません。

 まだタイトル数が少なくて、本棚の目立つところには置かれていなかったのかもしれませんし、私の目がただひたすら「香港」の二文字を探していたからなのかもしれません。

 このとき、本屋さんで私の目にとまったのは、その日から私にとっての香港旅行のバイブルとなった、宝島社(当時JICC出版局)の「宝島 スーパーガイドアジア 香港・マカオ・広州」です。(リンク先の文、事実が判明したので後半は要修正です......)

 「スーパーガイドアジア」は、「地球の歩き方」に触発されて出版されたものかもしれません。しかし、ことアジアに関しては「地球の歩き方」よりもこの「スーパーガイドアジア」のほうが個人旅行のガイドブックとして先んじて誕生していました。

 ちなみに、写真の左が「地球の歩き方」香港編のいちばん最初の88-89年版、右が1984年に出た「スーパーガイドアジア」の香港編です。

arukikata_takarajima.jpg さて、話もどって「地球の歩き方」の香港編。

 アメリカやヨーロッパ、インドの長期旅行だけではなく、一都市滞在型のガイドブックもタイトルに加えて拡大路線をとった「地球の歩き方」は、内部でいろいろと葛藤があったらしいです。

 この香港編を出すときの経緯が、「『地球の歩き方』の歩き方」には具体的に書かれていました。

 「地球の歩き方」を立ち上げたメンバーのひとり、自らがバックパッカーだった西川敏晴氏のインタビューとして載っています。以下、引用。

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 いままでの、「地球の歩き方」とは違う都市編。その製作を打診されたライターの中には、「そこまで要求されてもできません」と断り、タイトルを手放した人もいます。1988年に創刊した香港・マカオ編は、中国自由旅行編の創刊から携わり、CPCという編集プロダクションを立ち上げていた川田秀文さんにお願いしました。彼はすごく硬派なキャラクターで、「俺は土産屋のことなんか書きたくない」と、きっぱり断りました。
 それで思わず大声を出してやり合ってしまったのですが、川田さんは初期の「地球の歩き方」のスピリットを大切に持ち続ける人でした。バブルのころの香港といえば、ショッピングとグルメの聖地みたいなイメージでしたが、「ショッピングばかりの軟弱な本にはしたくない!」と言い切る、頑固で、そしそして信念の人でした。(P.208-209)

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 しかし出版社としては、そうはいかない。数年間(!)路線を巡る議論を重ね、香港編は別の女性編集者にバトンタッチしてできあがった。紆余曲折のあった香港編だが、いまでも街の歴史などが書かれているのは川田流の名残だということです。

 そしてこの香港編は、激戦区の香港のガイドブックでトップシェアを獲得。


 1986年に初めて香港に行ってすっかりその魅力にとりつかれてしまった私は、この初版の香港編88-89年版がリアルタイムで書店に並ぶのを待ちに待って買った記憶があります。

 すでに私にとってはバイブルは「宝島 スーパーガイドアジア」でした。それを迎え撃つ、アジア各都市編では「スーパーガイド」の後塵を拝することになった後発の「地球の歩き方」が、どう香港を料理してガイドブックを作るのか期待しました。

 私は既刊の「地球の歩き方 インド」などを見てましたので、いったいそんなガイドブックが香港という、ある意味「俗な観光都市」をどういうアプローチでガイドするのか興味があったのです。

 で、ようやく出た「地球の歩き方 香港」は、私の感想としては、無難にまとめたかな、という印象でした。いま思えば、本に書かれているような当時の内部の葛藤や議論を経て最終的にソフトランディングした結果が最初の88-89年版香港編だったということなのかもしれません。

 この香港編を、私は88-89年版から毎年欠かさず買い求め、09-10年版まですべて持っていますが、順番に見ていくと、「地球の歩き方」が、香港をどうとらえ、香港旅行に行く人々のニーズをどうとらえているか、また香港に行く旅行者のうちどんな層の旅行者を対象読者に据えているのか、それらの変遷も見えてくるような気がします。

 この「『地球の歩き方』の歩き方」を読むと、「地球の歩き方」の変遷とともに、日本人の旅行形態の移り変わりも見えてきます。そしてその日本人の旅行のカタチに、ときに翻弄されるガイドブックというものの宿命もよくわかります。

 いまでは、すっかりガイドブックの王者として君臨している「地球の歩き方」ですが、草創期は小さなところから出発したことが、この本を読んでわかりました。

 今回のこのブログの記事では淡々と経緯のみ紹介しましたが、この本は、上に書いた西川氏や安松氏など4人のキーマンが出てきて語る構成となっています。いまはなきNHKの「プロジェクトX」みたいな番組でこの4人を主人公にした「地球の歩き方」誕生と軌跡のドラマをやってみたらかなり面白くなるんじゃないか、とも思いました。けっこうドラマチックなのです。

 この本、私はなかなか面白かったです。私の利用する図書館では8冊が納入されていて全部貸し出し中です。

 【ご参考】 アマゾン:「『地球の歩き方』の歩き方」

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コメント(8)

川田秀文さん、懐かしい方です。
1987年に中国・香港へ3週間ほど自由旅行(当時の『地球の歩き方』は「1日何百円で旅する」とかいう貧乏旅行ガイドでもありました)したとき、川田さんから旅に役立つ中国語を習いました。
その当時は、中国自由旅行編の巻末に香港とマカオのガイドが付いており、私はこれとおそどまさこさんの香港に関する本を参考にして、現地でのホテル手配等をした記憶があります。
往復のチケットはDSTを通して予約しました。

すごい!

88年からずっと持ってらっしゃるのですね。

宝物ですね。

私が香港に行き始めたのは5年ほど前からで、それから毎年買っていたのに去年の引っ越しで過去の3年分を処分してしまいました。(とほほ)

せんきちさん

川田秀文さんから中国語を学ばれたんですか。
私は存じていませんでしたが、中国のエキスパートの方なんでしょうか。
おそどまさこさんのガイドブックを私も1冊持っています。たしか「地球は狭いわよ」という副題かシリーズ名が付いていたような気がします。

そうそう、私の初めての香港行きも、記事では書きそびれましたが実はDSTで航空券を手配したのです。(ホテルはユーテルインターナショナルというところで手配しました。)
なんでDSTにしたのか覚えてません。友達に教えてもらったのか、学校の掲示板にポスターでもあったのか、雑誌で見たのか、とにかく学生ならココという感じだったように思います。

この初めての香港旅行で、出発日、成田空港のDSTの集合場所(デスク?)に行くと、たくさんの私と同じような学生がたくさんいました。
集合場所のボードに、「中国なんとかかんとかの旅」みたいなテキトーなツアー名が付いていたような記憶があります。実際はツアーでもなんでもなくて、航空券だけなんですが。
聞いてみると、私以外の全員は香港を経由して本土に入って2週間から3週間中国を巡ると言ってました。
私が、「香港だけに20日間いる」と言ったら、皆「へえ」と言ってました(笑)。

やっほーさん

私の本棚はこんなふうになっております。
http://kengshow.com/blog/2008/07/post-185.html

いまあらためて最初の88年版を見ると、今の「歩き方」は豪華になってアカ抜けたなあと思います。

「地球の歩き方」は売れているガイドブックだけに、「間違いがある」とかいろいろな指摘をされることもありますが、でも、情報量はダントツですよね。

サイトのほうで、香港編の表紙の変遷を写真で載せたいと思っていますが、いまだやらずじまい……。

うわあ!

本棚、拝見させていただきました。

いいなあ。すてきだぁ!

いつか香港編の表紙、拝見させてくださいね。

やっほーさん

「歩き方 香港」は、
私にとっては、年末に買う越後製菓の鏡もちのように、
もう、毎年買うことが習慣になってしまいました(笑)。

表紙の一挙公開、いつかやりますのでよろしく!

おもしろそうですね。
いやぁ~読んでみたいです。
当たり前といえば当たり前ですが、「地球の歩き方」に歴史ありですね。

地球の歩き方は87~88のグアムが一番最初に買ったやつです。
何でこれを買おうと思ったんだっけな?
編者紹介のところにDST参加者の体験談に基づいてって書いてありました。

香港は91~92が最初に買ったやつ
古本屋で発見した88~89をふくめ2002まではすべてそろえましたが、カラーページが多くなった版からどうも他のガイドブックとの違いをあまり感じなくなってしまい買ってません。
香港は「旅のグルメ」や「個人旅行マニュアル」「地球の暮らし方」「キャセイパシフィック航空が案内する香港と中国華南+αの旅」等、本編以外にもいろいろありましたね。そうそうあとビデオも。
ありました、と過去形なのが悲しいところですが・・・

地球の歩き方の歩き方 探してみます。

ころたさん

87-88年版でもうグアムがでていたんですか。
88-89年版の香港はナンバーが「35」となっているので
もうけっこうなタイトルのほかの国や地域の「歩き方」が
出ていたということですよね。
そういえば当時、「まだ香港は出ないのか」とヤキモキしたことを
思い出しました。

>カラーページが多くなった版からどうも他のガイドブックとの
>違いをあまり感じなくなってしまい買ってません。

他の出版社も「地球の歩き方」を研究してぶつけてきたし、
やはり売れ筋のセンというか
ストライクゾーンというのはあるでしょうから、
似たものが多くなってきましたね。

「『地球の歩き方』の歩き方」でも、後半、他社の強力ライバル
(実業之日本社の「わがまま歩き」など)の出現シーンが出てきます。
「歩き方」の編集長がライバルのガイドブックの編集長に会いに行き話を聞く
なんて場面も出てきます。

こういうライバルとの競争で「歩き方」も掲載する写真の質を
高めたりしたそうです。

本によれば、「旅のグルメ」は失敗だったそうです。
レストランはコックさんが引き抜きにあったりして
味が落ちたりするので、年に1回改訂のガイドブックには
合わなかったということです。
(あ、本をお読みになるのなら、ネタバレになってしまいますね。
ここらでやめておきます(笑))

「『地球の歩き方』の歩き方」、ぜひ読んでみてください。

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この記事について

このページは、学芸員Kが2010年1月17日 12:52に書いたブログ記事です。

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