2010年2月アーカイブ
先日の記事への、
「香港」と「香江」。
私も似たような経験が。
上のビデオ。尖沙咀のDFSギャラリアで買ったビデオです。
「THE HONG KONG STORY 香江故事」。
10数年前に買ったもの。
このとき、私は初めて「香江」という表記に遭遇しました。
「THE HONG KONG STORY」という英文表記が横に書いてあったので、「香江」とは「香港」のことだとは推測がつきました。
でも念のため、売り場にいた店員さんに
「『香江』とは何のことですか?」と聞いたら、店員さんは
「香港と同じ。香港のことです」と言いました。
私は、そのとき、この「にすい『冫』」 の「江」 が、「港」の略字(簡体字)なのかと思ってました。
中国本土で「中華」の「華」を [化] + [十] を上下に重ねて表すみたいに、香港にも本土みたいな簡体字みたいなものがあって、「港」の簡体字が(にすいの)「江」なのだと思ってました。
で、阿郎さんのコメント(コチラ)。
阿郎さんの私見とのことですが、私はなるほど、そうなのか、と思いました。
「江」は「港」の略字ではなくて、「江」はあくまで「江」という文字か。
「港」と同じ発音の、簡単な文字として、「江」に置き換えて使っている。
で、「香港」を、「香江」と表記するのは、その表記に意味やニュアンスを込めてのことなのだと思います。
日本でも、漢字を置き換えて、ある意味やニュアンスを込めた表記があると思います。
その例が今ちょっと思い浮かびませんが、でもたとえば、よくあるのが「大学」を「大學」と旧字体で表記している大学名。これは旧字体を使ってアカデミックさや威厳を出しています。日本の場合は繁体字にするとレトロな感じになりますが、これは「香江」とは逆のパターンか。
あるいはこれは漢字ではないけど、「東京」を「トーキョー」と書いて国際都市の匂いを出していたりすることを雑誌のタイトルで見かけます。日本語にはカタカナがあるから便利です。「ビョーキ」とか「ワタシ」とか。日本語の場合、カタカナへの置き換えはそれこそ無数にあります。
思い出しました。話は脱線しますが、アメリカで「AMERIKA」というタイトルのドラマがありました。アメリカ合衆国がソビエトとの戦争に負けて占領されるという物語です。「AMERICA」をロシア語風の「AMERIKA」にしてタイトルにしたというものです。
で、「香江」。
阿郎さんが挙げられたように、現在毎日催されているシンフォニー・オブライツは中文では「幻彩詠香江」というタイトルだし、これから建設予定の啓徳空港跡地の施設は「香江飛環」という名前だという。
「香江」にはどんなニュアンスがあるのか?
香港ローカルの人々が「香江」の表記に対して肌で感じているニュアンスを知りたい......。
手元の漢和辞典で調べてみました。「江」という字は、簡単に言うと
1.揚子江のこと。
2.川。大きな川。
ということしか載っていませんでした。
これはまさしく私見ですが、「香江」の表記には、
ノスタルジーを表す意外にも、悠久の時の流れとか、そういうニュアンスもあるのかもしれません。
......でも、私はやっぱり「香港」のほうがしっくりきます。
上のビデオ、「香港故事」と「香江故事」のパッケージが並んでいたら、「香港故事」のほうを迷わず買います。なんか、「香江故事」だと北京語音声が入っているような気もしてしまいます。
廟街でお土産のTシャツを買うとき、もし「香江」と「香港」が並んでいたらどっちを買いますか?
そりゃ、レパートリーのひとつとして「香江」を選ぶかもしれないけど、私ならやっぱり「香港」です。
「香港」と「香江」。
私も似たような経験が。
上のビデオ。尖沙咀のDFSギャラリアで買ったビデオです。
「THE HONG KONG STORY 香江故事」。
10数年前に買ったもの。
このとき、私は初めて「香江」という表記に遭遇しました。
「THE HONG KONG STORY」という英文表記が横に書いてあったので、「香江」とは「香港」のことだとは推測がつきました。
でも念のため、売り場にいた店員さんに
「『香江』とは何のことですか?」と聞いたら、店員さんは
「香港と同じ。香港のことです」と言いました。
私は、そのとき、この「にすい『冫』」 の「江」 が、「港」の略字(簡体字)なのかと思ってました。
中国本土で「中華」の「華」を [化] + [十] を上下に重ねて表すみたいに、香港にも本土みたいな簡体字みたいなものがあって、「港」の簡体字が(にすいの)「江」なのだと思ってました。
で、阿郎さんのコメント(コチラ)。
阿郎さんの私見とのことですが、私はなるほど、そうなのか、と思いました。
「江」は「港」の略字ではなくて、「江」はあくまで「江」という文字か。
「港」と同じ発音の、簡単な文字として、「江」に置き換えて使っている。
で、「香港」を、「香江」と表記するのは、その表記に意味やニュアンスを込めてのことなのだと思います。
日本でも、漢字を置き換えて、ある意味やニュアンスを込めた表記があると思います。
その例が今ちょっと思い浮かびませんが、でもたとえば、よくあるのが「大学」を「大學」と旧字体で表記している大学名。これは旧字体を使ってアカデミックさや威厳を出しています。日本の場合は繁体字にするとレトロな感じになりますが、これは「香江」とは逆のパターンか。
あるいはこれは漢字ではないけど、「東京」を「トーキョー」と書いて国際都市の匂いを出していたりすることを雑誌のタイトルで見かけます。日本語にはカタカナがあるから便利です。「ビョーキ」とか「ワタシ」とか。日本語の場合、カタカナへの置き換えはそれこそ無数にあります。
思い出しました。話は脱線しますが、アメリカで「AMERIKA」というタイトルのドラマがありました。アメリカ合衆国がソビエトとの戦争に負けて占領されるという物語です。「AMERICA」をロシア語風の「AMERIKA」にしてタイトルにしたというものです。
で、「香江」。
阿郎さんが挙げられたように、現在毎日催されているシンフォニー・オブライツは中文では「幻彩詠香江」というタイトルだし、これから建設予定の啓徳空港跡地の施設は「香江飛環」という名前だという。
「香江」にはどんなニュアンスがあるのか?
香港ローカルの人々が「香江」の表記に対して肌で感じているニュアンスを知りたい......。
手元の漢和辞典で調べてみました。「江」という字は、簡単に言うと
1.揚子江のこと。
2.川。大きな川。
ということしか載っていませんでした。
これはまさしく私見ですが、「香江」の表記には、
ノスタルジーを表す意外にも、悠久の時の流れとか、そういうニュアンスもあるのかもしれません。
......でも、私はやっぱり「香港」のほうがしっくりきます。
上のビデオ、「香港故事」と「香江故事」のパッケージが並んでいたら、「香港故事」のほうを迷わず買います。なんか、「香江故事」だと北京語音声が入っているような気もしてしまいます。
廟街でお土産のTシャツを買うとき、もし「香江」と「香港」が並んでいたらどっちを買いますか?
そりゃ、レパートリーのひとつとして「香江」を選ぶかもしれないけど、私ならやっぱり「香港」です。
きょう書店にあるDVDコーナーでこんなチラシを見つけました。クリックすると拡大して見られます。「受け継がれる魂 ブルース・リーの軌跡」というDVD。
ブルース・リーのファンは根強く世界中に今でもたくさんいて、さらに新しいファンが生まれています。
今年はブルース・リーの生誕70周年にあたります。
シアトルにあるブルース・リーのお墓などゆかりの地をめぐるツアーも企画されています。
映画秘宝
そうか、ブルース・リーも生きていたら70歳なのか。映画の中の彼はいまでも躍動しています。
ウィキペディア「ブルース・リー」
私は昨年8月 「東京マラソン」に申し込んで、ハズレました......。
東京マラソンは、「香港マラソン」と同じく今度の日曜日、28日に開催です。
その、香港マラソンの、公式サイト
http://www.hkmarathon.com
そういえば、香港マラソンと東京マラソンについて、おととし、こんな記事を書きました。
「香港マラソン2008 vs. 東京マラソン2008 で、
方力申(アレックス・フォン) vs. 猫ひろし」
小学校の授業で息子の幼い頃の写真が必要だというので写真のたくさん入った段ボール箱を整理していたら、こんな写真を発見。
MTR佐敦站の出口の案内表示です。
1989年4月30日という日付けが入っています。2回目の香港のときに写したものです。
案内表示は上から
「嘉禾戲院 Golden Harvest Theatre」
「快樂戲院 Liberty Thatre」
「華盛頓戲院 Washington Theatre」
の3つの映画館、
そして私がこのとき宿泊していた
「富都酒店 Fortuna Hotel」 と、
富都酒店と同じ建物に入っていた
「永安百貨 Wing On Dept Store」です。
この出口を進むと、彌敦道と佐敦道が交わる角地に建つ裕華百貨の、佐敦道に面した方に出ます。
この出口を出て右に何十歩か歩くとすぐに嘉禾戲院、そして佐敦道をはさんだ、はす向かいには快樂戲院がありました。華盛頓戲院はそこから北のブロックに徒歩数分のところ。どれも1200席を超える大劇場でした。
富都酒店は、出口を出て裕華百貨の角を左に折れ彌敦道を北に2分ほど歩くとありました。
これらの大映画館も富都酒店も1990年代に相次いで取り壊されてしまいました。
「嘉禾戲院」の案内表示のある上の写真を見ていて、さっきから頭の中で、ダンダンダンダンのゴールデンハーベストのオープニングが鳴り響いてしまって仕方がありません......。
大劇場の空間に鳴り響く大音量で少し音が割れ気味の 「禾 ■ 嘉」 のオープニングが私の頭の中で何度もこだましています。
維基百科(Wikipedia)「佐敦站」
MTR佐敦站の出口の案内表示です。1989年4月30日という日付けが入っています。2回目の香港のときに写したものです。
案内表示は上から
「嘉禾戲院 Golden Harvest Theatre」
「快樂戲院 Liberty Thatre」
「華盛頓戲院 Washington Theatre」
の3つの映画館、
そして私がこのとき宿泊していた
「富都酒店 Fortuna Hotel」 と、
富都酒店と同じ建物に入っていた
「永安百貨 Wing On Dept Store」です。
この出口を進むと、彌敦道と佐敦道が交わる角地に建つ裕華百貨の、佐敦道に面した方に出ます。
この出口を出て右に何十歩か歩くとすぐに嘉禾戲院、そして佐敦道をはさんだ、はす向かいには快樂戲院がありました。華盛頓戲院はそこから北のブロックに徒歩数分のところ。どれも1200席を超える大劇場でした。
富都酒店は、出口を出て裕華百貨の角を左に折れ彌敦道を北に2分ほど歩くとありました。
これらの大映画館も富都酒店も1990年代に相次いで取り壊されてしまいました。
「嘉禾戲院」の案内表示のある上の写真を見ていて、さっきから頭の中で、ダンダンダンダンのゴールデンハーベストのオープニングが鳴り響いてしまって仕方がありません......。
大劇場の空間に鳴り響く大音量で少し音が割れ気味の 「禾 ■ 嘉」 のオープニングが私の頭の中で何度もこだましています。
維基百科(Wikipedia)「佐敦站」
香港のトラムファン、朋友Joseph先生が春節のお祝いにトラムの画像を送ってくれましたのでご紹介。
これは車両No.7。

こちらは車両No.55。

そしてこちらは車両No.82。
以上3点 courtesy of Mr. Joseph 照片提供Joseph先生
車両No.82は、1986年に私も撮影してました。
これ。
うわ、やっぱり、メチャクチャ古い! そしてよく見ると窓の形が違う。広告だけではなく、ボディもいろいろと補修したり模様替えしたりしているのでした。
これは車両No.7。

こちらは車両No.55。

そしてこちらは車両No.82。
以上3点 courtesy of Mr. Joseph 照片提供Joseph先生車両No.82は、1986年に私も撮影してました。
これ。
うわ、やっぱり、メチャクチャ古い! そしてよく見ると窓の形が違う。広告だけではなく、ボディもいろいろと補修したり模様替えしたりしているのでした。
1960年代から70年代にかけて香港でも活躍した、映画監督の井上梅次氏が亡くなったとのことです。(写真は香港で買ったVCD「玉女嬉春」<監督 井上梅次/1971年>のジャケット)
時事通信
http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2010021500746
明報
http://news.mingpao.com/cfm/Search2.cfm?Keyword=%A4%AB%A4%57%B1%F6%A6%B8
蘋果日報
http://www.jpopforum.net/redirect.php?tid=424642&goto=lastpost
井上梅次氏は日活の黄金時代に数々の映画を監督、のちにショウブラザースに招かれ香港でも何本もの映画を監督しました。
そのうちのひとつ、「香江花月夜(香港ノクターン)」(1967年)。
これは井上梅次氏が監督した日活の大ヒット作、「嵐を呼ぶ男」(1957年)の有名なシーン。
そしてこちらが、その10年後、「嵐を呼ぶ男」のリメイク版として、井上梅次氏がショウブラザースでメガホンをとった「青春鼓王」(1967年)の同じシーン。
ご冥福を祈ります。
ウィキペディア「井上梅次」
中文電影資料庫「井上梅次」
日本映画データベース「井上梅次」(香港時代の作品もリストアップされています)
いちばん最初に紹介しました「玉女嬉春」はこちらで観られます。
http://www.56.com/u96/v_MTQ4MDgxMDk.html
「ドラゴンへの道」(1972年)
「少林サッカー」(2001年)
なんとなく音楽が似ているような気がしてきました。
「少林サッカー」(2001年)
なんとなく音楽が似ているような気がしてきました。
恭喜發財
2010 春節
おめでとうございます。
2010 春節
おめでとうございます。
書店に行ったら、平積みで「ぼくらが東京タワーに憧れたころ」という本が置かれていました。全部パック包装されていましたが、1冊だけ見本があったので、開いてみました。昭和30年代の家の中の「茶の間」や「東京タワーのある街」がポップアップする飛び出す絵本です。(中身が少しだけamazonで見られます
これを見て、私は去年手に入れた香港の飛び出す絵本「香港彈起」の東京版だな、と思いました。
「ぼくらが東京タワー~」のほうは今はない過去の風物、「香港彈起」のほうは今も残る古い風物という違いがあるけれど、ノスタルジーという点では通じているものがあると思いました。飛び出す絵本としては、「香港彈起」のほうが飛び出す仕掛けにボリュームがあり、「僕らが東京タワー~」のほうはかなりライトな感じです。
でも、もし私が外国人で東京フリークだったら、本屋さんで「ぼくらが東京タワー~」を見かけたら、買っただろうと思います。
私は「日本人で香港フリーク」ですが、妄想で、私が「外国人で東京フリーク」だったら、どんなことに興味が行くだろうという視点で、街を眺めたり、テレビ番組を観たりすることが、(ごくたま~にですが)あります。
そういう視点で東京という街を見ると、たとえば「東京には香港のように街中に溶け込んで街と一体化した魅力あるホテルが少ないからホテル選びに困る」ということを感じたりして「新しい発見」があります。
あ、これは単に、香港と東京のホテルを比べただけでした......。
ミクシィで情報通のマイミクさんが紹介されていました。
パロディ満載。知った顔がたくさん出てきます。
これは観たい!
こっちはNG編。
東京国際映画祭に出品してほしいです。
「中国映画」も変わりました。昔はこんなのもあった中国映画。
ミュージカル「東方紅」の舞台をフィルムに収めた記録映画です。
ジャンルも違うし時代も違うし、片方は香港の血が入っているから、そりゃ比べるのは100%ムリがあるけど、同じ国から出た映画だとは思いにくいです。
2月14日は春節。
今年は日曜日と重なっているので、日本の中華街はたくさんの人で賑わうと思います。
前回私が妻と息子の3人で春節の横浜中華街に行ったのはもう7、8年前、そのときもたしか土曜日か日曜日でした。
香港では禁止されている爆竹を大音量で鳴らしながらの龍の舞のパレードや獅子舞など、中華なことが好きな人にはたまらないイベントがあります。
きょう11日の祝日は天気が悪いけど、カウントダウンのある13日と元旦の14日はなんとか晴れてほしいです。
日本の三大中華街の春節イベントの詳細はこちらの公式サイトで。
横濱中華街 http://www.chinatown.or.jp/
神戸南京町 http://www.nankinmachi.or.jp/index.php
長崎新地中華街 http://www.nagasaki-chinatown.com/
公式サイトを見たら、横浜の中華街は去年の12月1日からなんだかものすごい長期間にわたって春節のイベントをやってるみたいです。新暦の正月まで飲み込んだ形になってます。不況で客足が遠のいたのを挽回する町おこしみたいなものなのか? 私が行ったときはこんなに長期にやってなかったと思います。
(追記:あ、12月1日からのイベントというのはよく見たら「春節燈花」というもので、いわゆる夜間のライトアップでした。表参道とかのイルミネーションとかと同じか。それも「期間」に入れているわけか。)
ただ、本番の2月14日の元旦以降のイベントが、長期化で催し物の日程が分散しているような気がします。元旦の14日には獅子舞がありますが、パレードは14日にはやらずに1週間後の21日の日曜日にやるみたいです。これは残念。いっぺんにやってほしい。
春節のときの香港に一度行ってみたいです。酒樓やお店がみな閉まっているから春節は観光客向きではないと聞いたことがあるけれど、なんにもやってない香港の街なら、逆に焦らずに何もしないでホテルの部屋でテレビでも観ながらセブンイレブンで温めた蝦餃でもつまんでビールを飲んでまったり過ごせそうな気がします。それとも最近の日本のお正月のように、元旦からお店やスーパーが開いているのでしょうか。とにかく一度、経験してみたいです。
今年は日曜日と重なっているので、日本の中華街はたくさんの人で賑わうと思います。
前回私が妻と息子の3人で春節の横浜中華街に行ったのはもう7、8年前、そのときもたしか土曜日か日曜日でした。
香港では禁止されている爆竹を大音量で鳴らしながらの龍の舞のパレードや獅子舞など、中華なことが好きな人にはたまらないイベントがあります。
きょう11日の祝日は天気が悪いけど、カウントダウンのある13日と元旦の14日はなんとか晴れてほしいです。
日本の三大中華街の春節イベントの詳細はこちらの公式サイトで。
横濱中華街 http://www.chinatown.or.jp/
神戸南京町 http://www.nankinmachi.or.jp/index.php
長崎新地中華街 http://www.nagasaki-chinatown.com/
公式サイトを見たら、横浜の中華街は去年の12月1日からなんだかものすごい長期間にわたって春節のイベントをやってるみたいです。新暦の正月まで飲み込んだ形になってます。不況で客足が遠のいたのを挽回する町おこしみたいなものなのか? 私が行ったときはこんなに長期にやってなかったと思います。
(追記:あ、12月1日からのイベントというのはよく見たら「春節燈花」というもので、いわゆる夜間のライトアップでした。表参道とかのイルミネーションとかと同じか。それも「期間」に入れているわけか。)
ただ、本番の2月14日の元旦以降のイベントが、長期化で催し物の日程が分散しているような気がします。元旦の14日には獅子舞がありますが、パレードは14日にはやらずに1週間後の21日の日曜日にやるみたいです。これは残念。いっぺんにやってほしい。
春節のときの香港に一度行ってみたいです。酒樓やお店がみな閉まっているから春節は観光客向きではないと聞いたことがあるけれど、なんにもやってない香港の街なら、逆に焦らずに何もしないでホテルの部屋でテレビでも観ながらセブンイレブンで温めた蝦餃でもつまんでビールを飲んでまったり過ごせそうな気がします。それとも最近の日本のお正月のように、元旦からお店やスーパーが開いているのでしょうか。とにかく一度、経験してみたいです。
ひとつ前の記事で書いた「E都市」を見てある本を思い出しました。街を見下ろす、というただ単にそれだけのつながりですが、ふとこれを思い出したのです。「small planet」
すべて本物の実景なのに、箱庭のようなミニチュアに見えてしまうという写真です。
箱庭とかジオラマや、リンゴとか昆虫とか小さなものにカメラを近づけて接写で撮ると、被写界深度が浅くなって、ピントの合う範囲が狭くなり、ピントを合わせたポイントの手前と奧がボヤけます。(極端な例でいくとこういう写真がそうです。)
逆に、こういう小さな物ではなく、普通の遠景を(絞りを絞って)普通に撮ると被写界深度が深くなります。
で、ここからは私はよく知らないのですが、普通の景色をわざとアオリという技法で被写界深度を浅くして撮ることができるみたいです。
で、ピントを浅くすると、本物の風景があたかもミニチュアのように撮れてしまう、という寸法です。
その写真が、コレだ! ワン・ツー・スリー!(ザ・ベストハウス123)
この写真集で本城直季氏は、木村伊兵衛写真賞を取りました。また、一時期かなり人気が出て広告などでも彼の撮影による写真が使われました。TVのCMにも、彼の手によるものか不明ですがミニチュア化した映像がでてきたのを覚えています。この写真集はもう何年も前に出たものです。出た当初、ポスターを見て「すごいな」と思って書店で平積みになっていたので手に取ってページをめくっていったら、香港の写真が載っていました。
そのうちの1枚が、 コレだ! ワン・ツー・スリー!
銅鑼湾のリーガル香港ホテルのところ。トラムが幅5ミリくらいの模型に見えます。実際の写真集はもっとミニチュアに見えます。私はこの写真集を買おうかどうか迷いました。でも結局香港の写真は2、3点だけだったので買うのはやめました。
で、これら写真は、上に書いたアオリという技法で撮っているらしいですが、私はこれをパソコンの画像編集ソフトでできないかなと思いました。
そこでこれまでに私が撮った写真から、遠景でしかも上から俯瞰で撮った写真がないか探しました。俯瞰で見下ろした写真が一番「ミニチュア化」には適していると思ったので。
ところが、これがまったくありませんでした。
そこで、ちょっと後ろめたいですが、ネット上にある写真で、香港の街を上から見たものはないかGoogle香港に行って探しました。ところが、ネットにもなかなかありませんでした。ビクトリアピークから街を撮ったものはたくさんありました。でも、斜めから見下ろした風景だと中途半端に思えました。
そんななか、一枚だけ、今はなきあの九龍城砦を上空から撮った写真がありました。(クリックすると拡大します)。
ということで、この写真を手持ちの画像編集ソフトPhotoshop Elementsを使って色とピントをいじってみました。
その結果が、コレだ! ワン・ツー・スリー!
なんか、私とおんなじことを考えている人がたくさんいて、「small planet」とか「本城直季」で画像検索すると、この写真集や本城氏以外にも皆さんが自分で撮った風景をソフトで加工してミニチュア化している写真がたくさんヒットしました。
そして、Googleに「ミニチュア」と入れると「ミニチュア写真」というワードが勝手にメニューに出てきて、それで検索すると、すごい数の自作のミニチュア写真が出るわ出るわ!(コレ)
こちらではPhotoshopを使った具体的な作りかたが解説されています。(コチラ)
こんなに流行っていたとは知りませんでした。
そしてなんと、自動で画像を加工して風景をミニチュア化してくれるサイトを発見。
そのサイトが、コレだ! ワン・ツー・スリー!
「TILT SHIFT MKER」
http://tiltshiftmaker.com/
......こんなものがあるのを最初に知ってたら、自分で加工しなくても済んだのに。
お手元に俯瞰で撮った香港の写真があったら、このサイトでミニチュアの香港を作ってみては?
中国のこういうサイトを発見。
中国の街をCGで見られます。GoogleマップのCG版みたいなものか。
「E都市」。
http://www.edushi.com/
香港はココ
http://hongkong.edushi.com/?L=zh-cht&q=hong%20kong
製作に時間がかかるのか、全部はできあがってないです。
廟街付近に行ってみました。左上にイートンホテルがあります。
クリックしたら、バルーン表示で「熟食檔」と出ました。廟街の、オリに囲まれた「廟街熟食市場」です。
なんだかちょっと違和感があるなと思ったら、どうもビルがキレイすぎる感じです(笑)。中環や金鐘の金ピカ高層ビルだったらこのままでいいけど、廟街あたりの建物は、たとえば(唐突ですが)戦車のプラモデルの塗装でいうところの「汚し塗装」(こういうの)を施すともっとリアルになると思います......。
香港はまだCGのエリアが小さいけど、上海に行ってみてください。スゴイです。
http://shanghai.edushi.com/?q=shang%20hai
ゲームの「シムシティ」みたいです。
中国の街をCGで見られます。GoogleマップのCG版みたいなものか。
「E都市」。
http://www.edushi.com/
香港はココ
http://hongkong.edushi.com/?L=zh-cht&q=hong%20kong
製作に時間がかかるのか、全部はできあがってないです。
廟街付近に行ってみました。左上にイートンホテルがあります。
クリックしたら、バルーン表示で「熟食檔」と出ました。廟街の、オリに囲まれた「廟街熟食市場」です。
なんだかちょっと違和感があるなと思ったら、どうもビルがキレイすぎる感じです(笑)。中環や金鐘の金ピカ高層ビルだったらこのままでいいけど、廟街あたりの建物は、たとえば(唐突ですが)戦車のプラモデルの塗装でいうところの「汚し塗装」(こういうの)を施すともっとリアルになると思います......。香港はまだCGのエリアが小さいけど、上海に行ってみてください。スゴイです。
http://shanghai.edushi.com/?q=shang%20hai
ゲームの「シムシティ」みたいです。
こういう本を知ってますか?「<<倫敦/香港>> 一九八〇」。
「イラストレーション」という雑誌で大竹伸朗氏についての特集があり、その中にこの「倫敦/香港1980」のことが載っていました。
私は持ってなくて中身も見たことがありません。
1986年に出た本です。
かなり部数が少なかったみたいで、最初に出た版には普及版と特装版があります。
現在、プレミアが付いています。
復刻版もたしか出ていたと思います。
ちょっと前ですがどこかの美術館のサイトでまだ復刻版の在庫があったのを見かけました。
「倫敦/香港 一九八〇」、気になります。
ここに内容が少し書かれています。ココ
作者の大竹伸朗の情報はココ
ウィキペディア 「大竹伸朗」
【追記】:
見つけました。
高知県立美術館のサイトにありました。(ほんとに在庫あるのかな?)
http://www.kochi-sk.co.jp/shop/selection/ootake/s_01.htm
以前、記事にしたのですが、改めてサイトを見たらなかなか良かったのでもう一度ご紹介。まだ見てない方はどうぞ。
http://downloads.cathaypacific.com/cx/60/v2/tc/index.html
「六十週年廣告系列」の3本のCMがなかなかいいです。
おとといの記事で取り上げました佐敦道碼頭。かつての香港には香港島と九龍をフェリーで結ぶたくさんのルートがありました。
下の写真は、私の香港旅行初期のときのバイブル、「宝島 スーパーガイドアジア 香港・マカオ・広州」(上写真)の 「水上移動のABC」というページに載っていた「港内フェリー・ルート」の図です。
図の上の落書きは、「スターフェリーで尖沙咀から中環に向かうときは、左側の窓席に座ったほうが香港島の摩天楼の景色が見える」、という意味の忘れないためのメモ(笑)。多分最初の香港のとき、体験でわかったのでホテルの部屋で書き込んだのだと思います。
それはともかく、この「スーパーガイドアジア」には6ページわたってフェリーでの移動について3段組みの本文でびっしりと解説されています。
いわく、
「(前略)
このスターフェリーを運航しているのは、1898年創立の老舗天星小輪有限公司Star Ferry Co.,。ただし、全フェリー路線に占めるこの会社のシェアは小さなもので、中環・尖沙咀のほかには中環・紅磡綫があるだけ。港外綫を含むあとの全路線は、フェリーの煙突にHYFのマークをつけた、香港油麻地小輪有限公司Hong Kong Yau Ma Tei Ferry Co.,の独壇場になっている。
したがって、観光客にとっては、香港のフェリーといえばスター・フェリーのことだが、香港人にとってはそうではない。日常親しんでいるのは、もっぱらHYF、船体を白と黒に塗り分けた、うす汚れたさえないフェリーのほうで、こちらの路線を巧みに使って能率的な移動をする。そのちょっとしたノウハウを手に入れると、旅行者の水上のアシは格別に便利なものになるだろう」
として、
そのあとに「HYFの全港内綫20路線をマスター」という解説のコーナーになり、最後のページにはHYFフェリーの各綫のタイムテーブルが載っています。
そしてちょっとひとやすみのコラムには、往年のハリウッド映画 『スージー・ウォンの世界』 (このガイドブックが出た時点ですでに何十年も前の映画)の劇中、主人公がスターフェリーで出会うシーンがあるが、原作の小説では佐敦道碼頭から乗った灣仔行きのフェリーだから本当はスターフェリーではなくてHYFフェリーでなければならない、でもあの小汚いHYFを見れば、なぜ映画ではスターフェリーにしたかが分かる、しかし、イギリス系資本のスターフェリーに対してHYFは地元民族資本、HYFは実は内水フェリーとしては世界最大級の規模であり今や100隻にのぼるHYF艦隊を擁する大会社に ウンヌン......という解説が続きます。(ハードなコラム......)
という解説が載っているこの「宝島 スーパーガイドアジア 香港・マカオ・広州」の初版発行は1984年です。いちばん上の写真を見てわかるとおり、何度も何度も読み返し、角がすり切れてボロボロになりました。
初香港のときこんなガイドブックで強烈な洗礼を受けた私なので、香港編としては「後発」となった、すでにインド編などでハードな内容をウリにしたあの「地球の歩き方」の、その香港編が出ると聞いて、大きな期待を持ったのも、いま考えれば当然ではあります。
しかし「地球の歩き方 香港」が無難にまとめてしまったな、という印象だったのは前の記事に書いたとおりです。
ところが、いま「地球の歩き方」の初版を見直しましたら、HYFフェリーのガイドがかなり詳しく書かれていました。そして最後のページには「スーパーガイドアジア」に載っているHYFフェリーのタイムテーブルとそっくりなものが載っていました。やはり押さえるべきツボは押さえていたのだな、と再認識。
私はこれまで、スターフェリーや南Y島など「外洋」に行くフェリーを除くと、上の図の「港内綫」ルートのうち、先日書いた佐敦発のフェリーのほかに、北角発、九龍城発、屯門発のフェリーには乗った記憶があります。他にも乗ったかもしれませんが忘れてしまいました。
こうしてみるとたくさんのフェリー・ルートがあったんだなあ、としみじみと思ってしまいます。
香港は、湾をはさんで二つの過密な市街地が向かい合う、まさに「海洋都市」だったのか。
今も海洋都市に変わりはないけど、もはや移動手段はスターフェリーを除けば地下鉄や海底トンネル。
じゃあ、H.Y.Fフェリーは今どうなっているのか。
碼頭が壊滅状態なんだから、ほとんどのルートはなくなったのか。
Google香港で検索したら
H.Y.Fフェリーのサイトがありました。
http://www.hkf.com/hyf/index_c.html
なんと、もしかして、ルートは「北角 / 觀塘」と「北角 / 觀塘 - 梅窩」の、2路線しかないということなのか? 「スーパーガイドアジア」のコラムにあった100隻を擁する大会社は、今や、なんとかも夢のあとということなんでしょうか。
こんなことなら、もっと積極的にHYFフェリーを利用すれば良かった。と、過去に香港の大映画館が続々と閉館になったり古い酒樓が閉店になったりした後に思うのと同じパターン。フェリーはとっくの昔にほぼなくなったに等しいので、思いを至らせるのがあまりにも遅すぎました。
皆さん、突然ですが、香港島のトラム。あのトラム、今のうちにお尻の皮がすり切れるほど乗っておいたほうがいいかも知れません。
今、当たり前のように毎日朝から晩までトラムが走っているけど、どう考えても奇跡です。いざ廃止になってなくなってみれば、「そりゃあいまどき当然のことだよなあ、むしろ今まで存続していたことのほうが不思議だったのだ」、ということになってしまいます。
こんなこと(このこと)になったら、トラムはたしかに残ったとしても、もう街なかの匂いや雑踏を感じながら走るのとはまったく別次元のことになってしまうのではないか。
フェリーから話が脱線しましたが、なんか書いているうちに想いがトラムに飛んでしまったので。

アジアの片すみの小さな家の
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photo by Gakugeiin-K
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