海洋都市香港

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takarajima_closeup.jpg おとといの記事で取り上げました佐敦道碼頭。

 かつての香港には香港島と九龍をフェリーで結ぶたくさんのルートがありました。

 下の写真は、私の香港旅行初期のときのバイブル、「宝島 スーパーガイドアジア 香港・マカオ・広州」(上写真)の 「水上移動のABC」というページに載っていた「港内フェリー・ルート」の図です。

 写真をクリックすると拡大して見られます。

 図の上の落書きは、「スターフェリーで尖沙咀から中環に向かうときは、左側の窓席に座ったほうが香港島の摩天楼の景色が見える」、という意味の忘れないためのメモ(笑)。多分最初の香港のとき、体験でわかったのでホテルの部屋で書き込んだのだと思います。
 
 それはともかく、この「スーパーガイドアジア」には6ページわたってフェリーでの移動について3段組みの本文でびっしりと解説されています。

 いわく、

 「(前略)
  このスターフェリーを運航しているのは、1898年創立の老舗天星小輪有限公司Star Ferry Co.,。ただし、全フェリー路線に占めるこの会社のシェアは小さなもので、中環・尖沙咀のほかには中環・紅磡綫があるだけ。港外綫を含むあとの全路線は、フェリーの煙突にHYFのマークをつけた、香港油麻地小輪有限公司Hong Kong Yau Ma Tei Ferry Co.,の独壇場になっている。
  したがって、観光客にとっては、香港のフェリーといえばスター・フェリーのことだが、香港人にとってはそうではない。日常親しんでいるのは、もっぱらHYF、
船体を白と黒に塗り分けた、うす汚れたさえないフェリーのほうで、こちらの路線を巧みに使って能率的な移動をする。そのちょっとしたノウハウを手に入れると、旅行者の水上のアシは格別に便利なものになるだろう」

 として、

 そのあとに「HYFの全港内綫20路線をマスター」という解説のコーナーになり、最後のページにはHYFフェリーの各綫のタイムテーブルが載っています。

 そしてちょっとひとやすみのコラムには、往年のハリウッド映画 『スージー・ウォンの世界』 (このガイドブックが出た時点ですでに何十年も前の映画)の劇中、主人公がスターフェリーで出会うシーンがあるが、原作の小説では佐敦道碼頭から乗った灣仔行きのフェリーだから本当はスターフェリーではなくてHYFフェリーでなければならない、でもあの小汚いHYFを見れば、なぜ映画ではスターフェリーにしたかが分かる、しかし、イギリス系資本のスターフェリーに対してHYFは地元民族資本、HYFは実は内水フェリーとしては世界最大級の規模であり今や100隻にのぼるHYF艦隊を擁する大会社に ウンヌン......という解説が続きます。(ハードなコラム......)

 という解説が載っているこの「宝島 スーパーガイドアジア 香港・マカオ・広州」の初版発行は1984年です。いちばん上の写真を見てわかるとおり、何度も何度も読み返し、角がすり切れてボロボロになりました。

 初香港のときこんなガイドブックで強烈な洗礼を受けた私なので、香港編としては「後発」となった、すでにインド編などでハードな内容をウリにしたあの「地球の歩き方」の、その香港編が出ると聞いて、大きな期待を持ったのも、いま考えれば当然ではあります。

 しかし「地球の歩き方 香港」が無難にまとめてしまったな、という印象だったのは前の記事に書いたとおりです。

 ところが、いま「地球の歩き方」の初版を見直しましたら、HYFフェリーのガイドがかなり詳しく書かれていました。そして最後のページには「スーパーガイドアジア」に載っているHYFフェリーのタイムテーブルとそっくりなものが載っていました。やはり押さえるべきツボは押さえていたのだな、と再認識。



 私はこれまで、スターフェリーや南Y島など「外洋」に行くフェリーを除くと、上の図の「港内綫」ルートのうち、先日書いた佐敦発のフェリーのほかに、北角発、九龍城発、屯門発のフェリーには乗った記憶があります。他にも乗ったかもしれませんが忘れてしまいました。

 こうしてみるとたくさんのフェリー・ルートがあったんだなあ、としみじみと思ってしまいます。

 香港は、湾をはさんで二つの過密な市街地が向かい合う、まさに「海洋都市」だったのか。

 今も海洋都市に変わりはないけど、もはや移動手段はスターフェリーを除けば地下鉄や海底トンネル。

 じゃあ、H.Y.Fフェリーは今どうなっているのか。

 碼頭が壊滅状態なんだから、ほとんどのルートはなくなったのか。

 Google香港で検索したら
 H.Y.Fフェリーのサイトがありました。

 http://www.hkf.com/hyf/index_c.html

 なんと、もしかして、ルートは「北角 / 觀塘」と「北角 / 觀塘 - 梅窩」の、2路線しかないということなのか? 「スーパーガイドアジア」のコラムにあった100隻を擁する大会社は、今や、なんとかも夢のあとということなんでしょうか。

 こんなことなら、もっと積極的にHYFフェリーを利用すれば良かった。と、過去に香港の大映画館が続々と閉館になったり古い酒樓が閉店になったりした後に思うのと同じパターン。フェリーはとっくの昔にほぼなくなったに等しいので、思いを至らせるのがあまりにも遅すぎました。

 皆さん、突然ですが、香港島のトラム。あのトラム、今のうちにお尻の皮がすり切れるほど乗っておいたほうがいいかも知れません。

 今、当たり前のように毎日朝から晩までトラムが走っているけど、どう考えても奇跡です。いざ廃止になってなくなってみれば、「そりゃあいまどき当然のことだよなあ、むしろ今まで存続していたことのほうが不思議だったのだ」、ということになってしまいます。

 こんなこと(このこと)になったら、トラムはたしかに残ったとしても、もう街なかの匂いや雑踏を感じながら走るのとはまったく別次元のことになってしまうのではないか。

 フェリーから話が脱線しましたが、なんか書いているうちに想いがトラムに飛んでしまったので。

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コメント(4)

香港の人たちもどんどん新しく便利になる?速くなる効率が良いのはいいことだ的に色々な物のすごい変化を喜び楽しんでいたのでしょう。が、今となり、代償としていろいろな物が無くなる寂しさを感じているのではないかと思います。なんとなく。
ワンチャイの龍門大酒楼だったかが、昨年末ごろ閉店したようです。トラムからみた時は、ドアが開き椅子が積み上げてあり、大きな宴会でもあったかと言う風情、よく見ると入り口の周りに「長年のご愛顧ありがとうございました・・」的な筆書き。灯りも無くなんとなく「無念」を感じてしまいました。
ホンハムのビルが倒壊。古い建物や区画もやがて、新しいビルに消されてゆく(ユーミン)のでしょうね。
あああせつないなあ

hongkongloverさん

龍門大酒楼、閉店しましたねえ。
なくなった「現場」をご覧になったのですね。

前に行ったことがある灣仔の超古酒樓、
雙喜樓にカミさんを連れて行ったら、
ちょうど前日に閉店していたという悲しい経験があります……。

たとえば茶餐廰はまだまだ健在ですが
何かあるきっかけ(新しい形のお店のブーム)でもできたら
一気になくなってしまうということもあり得るのでしょうか?

スターバックスがやってきたから
従来の喫茶店の影が薄くなったように。

香港の場合、大快活とかファストフード系レストランがあっても
茶餐廰は安泰のような気もするが……。

でも、茶餐廰の数は減っているのでしょうかね。

麵粥店や茶餐廰、あるいは戯院のような個人商店及び純私企業は、需要と供給の関係で存亡が決まる面もあるのでまだしも、フェリーやトラムのようなインフラに関わるものは、需給よりも「お上」(それも遙か遠方の)の思惑で左右されてしまうのでどうしようもありませんね。
もっとも個人商店も「お上」の思惑が絡んだ建て替えや区画整理等での立ち退かされることが多いので、これも同じことですね。
ま、香港の人々が幸せならば旧い街市が取り壊されようが、新しいapmが忽然と姿を現そうが一考に構わないのですが、どうにも1997以降の香港を見ていると粗略な扱い方をされているように思えてなりません。これが「回帰」ということでしょうか。

阿郎さん

フェリーなどは埠頭がなくなったら、
存続しようにもできませんものね。

もともと香港ではそれが「国民性」なのか、
「撤退」というのが早いですよね。
ホテルなどはころころオーナーが変わるし
私の好きだった二つのホテルはどっちも消滅しました。
フォーチュナとグランドタワー。
グランドタワーホテルなどは10数年でなくなったし。

私にとっての香港は1986年以降なので
基準がどうしてもそこに行ってしまう。
基準がどうしても1986年になってしまうのですが、
去年手に入れた1984年の「BRUTUS」の香港特集では、
冒頭で
「香港の街から匂いが消えてしまった。」
と書かれています。
これを書いた人は1970年あたりが基準らしい。
皆、自分の香港の出発点を基準にして、それ以降のことを
比べることになるんですね、当たり前だけど。

自分の好きな時代の香港にさかのぼってもいいよ。
と言われて、それが叶うなら、
1960年代に行ってみたいです。
1960年より以前は、なんか怖そうです。(笑)
いや、ホントは覗いてみたいんですけどね。

すみません、関係ないコメントで返信になってませんね……。

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このページは、学芸員Kが2010年2月 1日 08:30に書いたブログ記事です。

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