海底隧道入口
海底トンネルの入口
HARBOUR TUNNEL ENTRANCE」
写真をクリックすると拡大して見られます。
香港島と九龍を結ぶ海底トンネルです。
現在は香港島と九龍は鉄道も含め何本ものトンネルでつながっていますが、これは一番古いトンネル。1972年に開通したもの。写真はその開通間もない頃に撮影されたものか。写真の場所は香港側?
海底隧道の解説がここで読めます。
「現代の香港を知るキーワード888」(Googleブックス)
彌敦道と佐敦道の交差点、裕華国貨デパートの前から西へ3、4分ほど歩けば、佐敦道の西の突き当たりがバスターミナルになっていて、フェリー乗り場があったのでした。
整然と並ぶバス。ファイル名には1960年代となっていました。図書館所蔵の画像がアップされて流れ流れてアップされていたもの。
上の写真はファイル名が1970年代となっていました。1枚目より古そうな感じもしますが。
フェリー乗り場前のバスターミナル。なんでこんなに人がたくさんいるのでしょうか。朝の通勤で香港島からフェリーでやってきてそれぞれ九龍各地に行くためバスに乗り替えるところか? 子ども連れもいるけど。
この写真はフェリー乗り場の道路の仕組みがよくわかります。
これは映画の一場面か? シックス・ストリート・アパートメントを舞台にした映画がたしかありましたよね。それか?
上の写真、つい最近たまたま記事に載せた、私が撮った下の写真と同じところが写っています。
私はこれ、初めての香港旅行で1986年の3月に自分で撮ったのですが、どこで撮影したものか忘れていました。看板の文字が大きいから、てっきり、九龍城エリアの啓徳空港の近くかと思ってました。でも正解は佐敦道碼頭のバスターミナルの横だったのでした。
「No.27
ここのところご無沙汰の香港、私は、頻繁に香港に行っているときも、ジャンク船は特に注意して見てこなかったので記憶に薄いです。たしかにヴィクトリア湾に浮かぶジャンク船を何回か見た記憶はあるけれど、それがいつ頃のことかよく覚えていません。
「No.23
「No.25
「No.26
気になるのはトラムです。トラムの部分をクローズアップしてスキャンしました。画像をクリックすると拡大して見られます。
「No.22
これは私が1986年3月に行った最初の香港旅行で撮った人力車の写真。中環のスターフェリー乗り場前です。もう当時から人力車は開店休業状態だったような気が......。
「No.17
「No.18
「No.19
これが初代セリカです。ウィキペディアより引用。(トヨタ博物館かどこかの展示車両です。車両の保護のためなのか、車体が持ち上げられているので、クーペなのに4WDオフロード車のようにタイヤとボディの間のすき間が大きく空いていてちょっとかっこ悪いです)
このクルマは、ウィキペディアによれば(こればっかりですね)、1970年12月にデビューした、とあります。ということでこの写真はそれ以降の撮影ということになりますが、すでにタワーができた1972年以降の撮影とわかっているので判断材料にはなりませんでした......。
右に建築中の「老襯亭」が写っています。窓が同じ形をしているのがわかります。
ちなみに私は「老襯亭」も現在の「凌霄閣」も、一度も中に入ったことがありません。
参考:ウィキペディア「ピークトラム」
初めて行った1986年の香港旅行で、私はこのホテルを写真に撮っていました。さっき、写真を見つけました。
ノースウエストの夜便で初めての海外旅行で香港に着いて、どういう仕組みかよくわからないまま流されるように入国して、啓德空港から外に出て、タクシーの黒いビニールシートに腰を沈めてひとりこのホテルにやってきて、心細さを倍増させるようなちいさなフロントでチェックインして、8階の部屋に入って、カーテンを開けて、そして見下ろした夜の彌敦道。ライトに照らされた向かいの映画館の大きな看板。行き交う赤いタクシーと全面広告の2階建てバス。街灯の下をそぞろ歩く人々。窓から飽かず眺めているとやがてテレビからは広東語音声のモノクロの深夜映画。「このビル(赤丸のビル)が面している道はCarpenter Rd(賈炳達道)で、低層住宅の地域は現在のKowloon Walled City Park(九龍城寨公園)ではないかと考えてみました。 」(カッコ内太字は学芸員K)
がズバリ正解ではないでしょうか!?
でも、ただどの写真にもあの「九龍城砦」の固まりらしきものは見えません。上手くカットされているのか、それともまったくの見当違いなのか......。」 不思議ではあります。
でも、これが正解のように思えますがどうでしょうか?
引用元:白黒写真の右端にある、この写真ではひときわ大きなビル。7階建てでしょうか。角が丸いくらいしか特長がありませんが。
夜景写真だと左側で、左隣が高いビルになっています。
カラー写真だと写真中央よりやや左下のあたり。やはり高いビルに囲まれて、手前にもビルがあって余計に見づらくなっています。
この3つのビルが同じだと仮定すると、このビルが建っているブロックと、その向かいのブロック(写真だといずれも手前側)が明らかに違うエリアになっています。
そこでこのビルが面している道はCarpenter Rdで、低層住宅の地域は現在のKowloon Walled City Parkではないかと考えてみました。 ただどの写真にもあの「九龍城砦」の固まりらしきものは見えません。上手くカットされているのか、それともまったくの見当違いなのか......。
この仮定だと阿郎さんの書かれている「樂富の南側のキリスト系の墓地」がカラー写真の墓地だとしてもおかしくないような気がします。(グーグルの航空写真で確認しているだけですが)
手持ちの資料では「九龍城砦」の周辺部は既に何もないようになっているものしかない(1980年代後半)ので、このあたりがどんなだったかが想像できません。この仮説の検証をどなたかしていただけると嬉しいです。
-------------------------------------------------------------------------------------------
その同じビルに赤丸を付けました。(クリックすると拡大して見られます)
スライドと比べると青い矢印のところ、「CENTRAL,WANCHAI」が追加されています。
こうしてスキャンしてみると、No.4や5はまあまあなんですが、No.7は何にポイントを置いて撮ったのかちょっと???です。まあ私の撮った上の写真も何でこんなもの写したのかサッパリわからない写真なのでエラそうに言えないのですが(笑)。(この写真は、初めての海外旅行で香港にやって来て、街に日本のメーカーの看板があるので嬉しくて撮った、ということです)
「香港九龍夜景全景
スライドは2箱あって全部で40枚。タイトルを見ると夜景が多いようです。
