その1からのつづき

 「なんでしょうか?」

 「すみません、私はゴールデンハーベストのファンなんですが、スタジオの中に入れませんか?」

 「うーん、それは無理です。できません」

 「そうですか……」

 「入ることはできません」
 
 「そうですか……(やっぱりダメか)。 それでは、門の前だけでもいいです。スタジオの門の前で記念に写真を撮りたいのですが、それはだめでしょうか」

 本気でそう思いました。記念に門の前で写真を撮るだけ。私は食い下がりました。

 でも、いま考えたら、門の前は敷地外のパブリックスペースなのだから外から撮る分には許可をもらう必要などなかったのですが。

 「…うーん」

 「だめでしょうか。門の前でだけでも」

 「…うーん……そこまで言うんだったら………来ますか。
 でも、少しだけ。少しだけですよ。
  受付に来たら、私のことを呼んでください。私の名前はTといいます」

 「(えっ!?) ありがとうございます! ではこれから行きます!」

 あれから20年以上が過ぎても、このときの電話でのやりとりは鮮明に覚えています。

 とにかくスタジオに行くことになりました。

 電話を切ると、私はベッドの上に放り投げてあったショルダーバッグの中を覗いてカメラと小さなカセットテープレコーダーと日誌が入っていることを確かめ、観光協会で書いてもらったスタジオの住所のメモをポケットに突っ込んでホテルを出ました。

 観光協会のスタッフが言うには「スタジオへ行くならタクシーがいい。でも、お金がかかるから、地下鉄で鑽石山(ダイヤモンドヒル)まで行って、そこからタクシーに乗るのがいいでしょう」とのこと。観光協会のスタッフの説明は懇切丁寧でした。

 ということでホテル最寄り駅の佐敦站から鑽石山站まで地下鉄で行きました。

 鑽石山站から地上に出ました。

 驚きました。

 目の前にいきなり広がるバラックの海。初めての海外旅行でしたので少しビビリました。

 広い道に出て、タクシーをつかまえようとしました。

 が、来るタクシーのすべてが乗車拒否して通り過ぎて行ってしまいます。

 そのうちの1台の運転手は、手を挙げる私と目が合うと、ほら、西洋人がよくやる、両手の手のひら胸の前で上に向けてそれを上に押す感じで上げるジェスチャー(うまく説明できない……)をしたのを、今でも覚えています。

 実は乗車拒否でもなんでもなく、たまたまそこはタクシー乗降禁止区域だったのでした。香港では広い道路はたいてい乗降禁止だということは後に知るのですが、そのときはそんなこと知りませんでした。

 大いにヘコミながらも場所を移してやっとのことでタクシーを拾い乗り込みました。

 乗車拒否せず乗せてくれた運転手が神様のように見えました。

 私は

 「斧山道8 嘉禾影業公司」

 と書いたメモを見せました。神様はそのメモを見ると無反応のまま前方に向き直り、タクシーは走り出しました。

 窓の外を流れる、華やかな街なかとは違う殺風景でホコリっぽい景色を見ながら、私は少し悩みました。

 「着いたら門からどうやって中に入ろう。守衛に止められたらなんて説明しよう」

  しかし、なんのことはない、それほど時間もたたないうちに、タクシーは、私が 「あ、これがスタジオか?」と気づくより早く、当たり前のように撮影所の門をすっとくぐってしまいました。

 私はノーチェックでタクシーごと撮影所の敷地内に入ってしまいました。

 来ました。

 夢にまで見たゴールデンハーベスト・スタジオです。

 いや、夢になど見ませんでした。なぜなら香港に来るまで、いや、香港に来てからもなお、ほんのきのうまでは、ゴールデンハーベスト・スタジオに行こうなどとは考えもしなかったのですから。

 香港に来て香港の映画館で香港映画を観て、きのう、ふと、「ゴールデンハーベスト・スタジオに行ってみようかな」 と思いついたのがキッカケだったのです。

 とにかくやって来ました。レイモンド・チョウが率いる香港映画の総本山、夢の工房、ゴールデンハーベスト・スタジオです。

 英文正式名は「ゴールデン・スタジオ・リミテッド Golden Studios ltd.,」、
 中文名はその名も 「嘉禾製片廠」 です。

 つづく。