※この記事は香港映画『I’ll Call You』(中文原題 『得閒飲茶』)のお笑いのシーンのネタバレを含んでいます。この映画は日本でもDVDでリリースされるかもしれません。まだご覧になっていない方で、素の状態でこの映画をご覧になりたい方は、この記事を読むのを控えたほうがいいかもしれません。
 10月26日の記事 「映画祭 『I’ll Call You』 ティーチ・インでラム・ジーチョン監督に直撃質問をしました!!」 の 「続報」 です。
 26日の記事の最後で書いたように、10月24日に行われた第19回東京国際映画祭出品作品 『I’ll Call You』 の第1回目のティーチ・インで、監督のラム・ジーチョンが質問に答える形でこう語りました。
  「この映画で流れる演歌は、歌手がうたっているのはなくて、実は私の友人の、映画製作配給会社ギャガコミュニケーションズの社員の方がうたいました」。
 半年前の3月に、学芸員Kは香港に行ってこの映画をすでに観ていました。その際、現地の新聞に載った同映画の広告から、その人の名前を把握していました。その方の名は、「阪井洋一」さんです。この人が歌手ではなくて、ギャガの社員だということを、今回のティーチ・インでのラム監督の言葉で学芸員Kは初めて知りました。
 この「阪井洋一」さんの名は、映画のエンドロールでもしっかりクレジットされています。今回の映画祭でも見ました。しかし今それは確認しようがありません。そこで、手元にとってある新聞、「蘋果日報 」 3月17日付の 『I’ll Call You』(『得閒飲茶』)の一面広告を再び見てみると―――
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 青い矢印のところにキャスト、スタッフがクレジットされています。アップして見てみると―――
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 いちばん右、「主唱:阪井洋一」となっています。で、今回もう一度よく見たら、作詞にもこの「阪井洋一」氏が名を連ねているではありませんか。この映画のために作詞された曲なのか? 曲のタイトルは 『死狗』 。「死の犬」って、すごい題名(笑)。負け犬ってこと? それとよく見たら、この曲、挿入曲じゃなくて「主題曲」ってクレジットされています!
 作曲/編曲は「黄英華」となっています。なんとなくペンネームっぽい名前ですが、この人が日本人ではなく、香港人、あるいは中国人など日本人以外であるならば、つまりこの曲 『死狗』 は 「異国人のイメージにより作曲された日本演歌」 ということになります。
 そういえばラム監督が、24日の第1回目のティーチ・インで、「ギャガのサカイさんに電話して、歌ってくださいとお願いしたら二つ返事で 『いいよ』 と言ってくれました」 と語った際、たしか 「この映画のためにこの曲を作りました」 とも言ってました。だからこの演歌 『死狗』 は、『I’ll Call You』 のためのオリジナル曲なのでしょう。
 さて、阪井洋一さんのことが知りたくなり、試しに「ギャガ 阪井洋一」で検索してみました。すると出てきました。ところが、たどっていくと、「阪井洋一」さんではなくすべて「坂井洋一」さんとなっています。
 坂井洋一さんは、ギャガコミュニケーションズで映画 『平成刺客伝 鉄』の製作や、映画『 19 (ナインティーン)』の企画、映画『DRUG GARDEN』の音楽プロデューサーをしたりしている方です。
 検索してわかったのは、「阪井洋一」さんは、実際は「坂井洋一」さんという お名前の方ではないかということです。学芸員Kの勝手な推測ですが、おそらく、検索で出たギャガの「坂井洋一」さんと、『I’ll Call You』でクレジットされラム監督が語るギャガの「阪井洋一」さんは、同一人物ではないかと思われます(もし別人物だったらこのブログ記事は意味がなくなり撃沈します(笑) )。
 では、どうして 『I’ll Call You』 の新聞広告では「坂井」でなくて「阪井」になっているのか?  「阪井」が今回限りの芸名や雅号みたいなもなのとも考えられますが、あるいは、ひょっとしたら単純に香港のスタッフが字を間違えたのかもしれません。香港映画のスタッフロールでのそういう表記ミスは、過去に見たことがあります。または、当然ですが、広告だけにこの誤字があったのかもしれません。映画本編でのエンドロールが「阪井」さんだったのか「坂井」さんかだったのかは、今、確認できません。(ここでは、以下とりあえず「阪井洋一」さんでいくことにします)
 ギャガは以前より香港映画とは関係が深く、最近では 『頭文字D』 なども配給/提供しています。そして、ズバリ、あの 『少林サッカー』 はギャガの配給です。この映画に出演したラム・ジーチョンとギャガの阪井洋一さんは、『少林サッカー』 の仕事を通じて出会ったのだと思われます。
 で、ここからは、学芸員Kの完全なる妄想。
 2002年、『少林サッカー』の日本での劇場公開の仕事で、出演のラム・ジーチョンさんと配給会社ギャガの阪井洋一さんが、出会った。
 2002年春、東京。 『少林サッカー』の日本でのプロモーション活動が成功のもと無事終了したある日。ギャガ側から 「じゃあ、今夜は食事でもどうですか。用意させていただきました。ドカンと打ち上げといきましょう」 とごく当然のお誘いがあった。そしてチャウ・シンチーら香港側メンバーと阪井さんほかギャガのスタッフが集まってみんなで繰り出し、楽しい食事でおおいに盛り上がり、そして場所を移して3軒目くらいでカラオケボックスかクラブ(平坦に発音するいまどきのクラブではなくて従来のクラブ)へ。いずれにしてもカラオケのできるお店。
 なぜか最初のお店から波長が合って意気投合したラム・ジーチョンさんと阪井さん、並んで席に着く。盛り上がる香港と日本のスタッフ、キャストの会話が飛び交うなか―――
阪井さん 「ラムさん、なにか歌われますか?」
ラムさん 「いやあ、ここは日本ですから、まずはサカイさんの方からどうぞどうぞ!」
阪井さん 「じゃあ、歓迎の気持ちを込めて。お先にいきます! サザンの『TSUNAMI 』から
      いこうかな」
ラムさん 「どうぞ!」
 阪井さん、マイク持ち熱唱。うまい。
 続いてラムさん、香港か日本の歌を気持ちよくうたう。うまいかどうかはわからない。
ラムさん 「次、サカイさん」
阪井さん 「じゃあ、こんどはひとつ日本の心、演歌うたってみようなかな」
ラムさん 「どうぞ! 私、香港でも昔から紅白歌合戦で演歌は聴いてきました!」
阪井さん 「ホント? そうなんですか! じゃあ山本譲二の 『みちのくひとり旅』 、いいですか?」
 と、阪井さん、みちのくひとり旅、大熱唱。メチャクチャうまい。
 ラムさんが演歌では森進一のファンだと言うと、阪井さんは続けて 「冬のリビエラ」 も熱唱。ラムさんも途中からいっしょに歌う。
ラムさん 「サカイさん、あなたすごい!うまい!」
 このカラオケで日港双方の人々は大いに盛り上がり、ラム・ジーチョンさんはここでギャガの阪井さんの歌のうまさを知るところとなる。
 時は流れ2005年の秋――。ラム・ジーチョンさんは初めての監督作として映画 『I’ll Call You』 の企画を進めている。ある日、ふと、「このシーンでなにかパンチがほしいな。そうだ、主人公の心象をあらわすのに演歌を流したら面白いかも。……あ、思い出した、歌はギャガの阪井さんに頼めないかな。あの人メチャクチャうまかったし。引き受けてくれるだろうか」 と思い立つ。そして、デスクの受話器を取り、東京の阪井さんに国際電話。
ラムさん 「……もしもし、ラム・ジーチョンです。ご無沙汰しています!」
阪井さん 「………あぁ! ラムさん! お久しぶりです! 香港から?」
ラムさん 「そうです! 『少林サッカー』では本当にお世話になりました。ありがとうございました。
      あの映画がきっかけで、いろんなチャンスがめぐってきた感じなんです。
      あの、実は僕、監督やることになったんです」
阪井さん 「やりましたね、そりゃ本当におめでとう!」
ラムさん 「どうもどうも! で、今、初めて監督する 『I’ll Call You』 という映画の企画を進めて
      るんですけど、ストーリーは(中略)…、で、女の子にフラれた主人公がトボトボ街を
      歩くシーンがあるんですけど、そこで演歌を流したいんですよ、――― そうです、
      日本語です。それで、お願いなんですが、その演歌、もしできたらサカイさんに
      ぜひとも歌ってもらえないかなと思って……」
阪井さん 「は? 私? 私でいいんですか? やらせてください!」
 と、ティーチ・インでラム監督が語っていたように、二つ返事で阪井さんはOK。
ラムさん 「え! ありがとうございます!」
阪井さん 「曲はなんですか? なんなら私が作詞もしてみましょうか?」
ラムさん 「は? ええ、では是非! いやあ、ありがとうございます!」
 そしてのちに 『I’ll Call You』 』(中文原題 『得閒飲茶』)主題曲 オリジナル演歌 『死狗』
(作曲/編曲:黄英華、作詞:謝杰 阪井洋一、主唱:阪井洋一)が誕生する。
 学芸員Kの妄想終わり。
 以上、あくまで妄想ですよ、妄想。でも、こんなエピソードに近い感じのものがあったのではないか。あるいは、もしかしたら、まず阪井さんの歌のウマさがはじめにありきで、あの演歌のシーンが発想されたのかもしれません。
 オリジナル曲でしかも「主題曲」とクレジットされるくらいだから、もし 『I’ll Call You』 のサウンドトラックCDが出ていたら、メイン曲としてこの 『死狗』 が入っていたことでしょう。香港映画はサントラ盤があまり出ないですけど。
 作詞に関しては、クレジットで連名で出ている香港側の謝杰さんという人がまず映画の内容に合わせて中文で作詞してみて、それを阪井さんが日本語の演歌調にうまく翻訳、アレンジしたということなのかもしれません。
 香港映画に「日本」が出てくると、日本人の学芸員Kはすごく楽しい気分になります。香港映画に「日本」が出てくるとき、それは旧日本軍とその蛮行の場合もあり、そんなときは気分が重くなりますが、しかし、日本の文化やグルメなどが出てくるとその作品にやっぱりグッと親しみを覚えます。
 ネットで検索してみると、坂井洋一さんはなかなか活躍されている方のようで、雑誌などにも露出されています。学芸員Kは存じませんでしたが、けっこう有名な方なのかもしれません。
 なお、最後に付け加えておきますと、阪井洋一さんは、この映画では演歌の歌声だけでの出演です。画面に現れて派手なアクションで熱唱した人は、香港人と思われる別の人で、阪井洋一さんの歌声に合わせて口パクをやっています。