今回も香港ネタじゃないですが、後半で香港関連本のネタに行きます。
「雑誌『香港通信』の回顧」連載第1回目を書こうと思ったのですが、ゆうべラジオで話題になっていたので代わりにこれを。
前に「男たちの挽歌」のブルーレイの記事で、映画字幕の誤訳騒動について書きました(コレ)が、いま、「アインシュタイン その生涯と宇宙 下」(武田ランダムハウスジャパン刊)という翻訳本が、機械翻訳でムチャクチャな内容だということで、回収騒ぎになっているそうです。
格好のブログネタにもなっている(コレ)。
どんな訳かというと、例えば、
「ボルンの妻ヘートヴィヒに最大限にしてください」
「『科学の人里離れている寺』に尊敬します」
「これらのすごいブタが、あなたの精神に触れるのに最終的に成功したと立証します」
なんじゃこりゃ。
版元の「お詫びとお知らせ」 http://www.tkd-randomhouse.co.jp/news/index_0701.html
「校正不十分」だったと釈明しています。
待てよ、そうじゃないだろ。
そもそも校正うんぬん以前の、「機械翻訳」なんだから。
それにしてもよくこんなことをやったなと不思議に思います。
関係者はこんなことやって怖くなかったのか?
アマゾンを見ると、中古品として3万円で出品されている。オイオイ。ヤフオクでも高値で取引されているし。
事のてんまつは、この本に関わった翻訳者のひとり(!)によってアマゾンのレビューに書かれています。
1番目の「迷羊」さん(翻訳者のひとり、松田氏)の「事情説明」です。(コレ)
この、当事者による事情説明の裏話はともかく、2番目の、別の人のレビューに書かれてあることが、まさしく正論だと私は思った……のですが、なぜか、そのレビューは、おそらく当人によってだと思いますが、このブログを書いている途中で削除されてしまいました。
2番目のレビューでは、1番目の翻訳者(「迷羊」さん)の事情説明を受ける形で、この本の翻訳の統括者である監訳者のことについて、たしか、こういう趣旨のことが書かれていました。
「監訳者であるのに、刊行前に原稿のチェックをしないで監訳者としての責を果たさず、刊行後に出版社に文句を言うのは、まったくの本末転倒」。
こんなようなことが書かれてあった。
そういえば思い出した。大昔、松本伊代がまだアイドルだった頃、フジテレビの深夜番組「オールナイトフジ」に出演して、自分が書いたアイドル本の宣伝をしていた際に、となりにいたMCに「伊代ちゃん、この本どんな内容なの?」と聞かれて、「えー、わかんない、だってまだ読んでないんだもん!」と言った。(このエピソードは伝説となっているらしいのだが、私はナマ放送でこれを見た。)
アマゾンで削除された2番目のレビューの中の、一文だけ、たまたま削除される前にコピーしておきました。
「読者として大いに願うのは、基本的には原文を読めない弱い立場が外国からの情報を、なるべく解りやすく、できるだけ正確に知りたいという一点です。 この素朴な願望に対し訳者は誠実であらねばなりません。」
(アマゾンのレビューより抜粋/原文削除済み)
これは映画の字幕にも言えるんじゃないか。
映画の字幕は、画面上での文字数の制限がある。だから書籍の翻訳とは違って、省略や意訳はいっこうに構わない。しかし、勘違いや取り違えの誤訳だけは御免こうむりたい。
映画を鑑賞する人は、映画で使われている外国語が分からないから字幕を見るのです。そんな人にとって、字幕がすべてなのです。
ちょっと前にNHKのBSでやったロバート・レッドフォード主演の佳作、映画「ナチュラル」の字幕がひどかったです。
私はDVD版の字幕を知っているので、英語ができなくても今回の放送版の字幕のそのヒドさがわかった。
悲しいことに、よりによって最後のクライマックスの場面。
ネタバレになるから詳細は省きますが、主人公が放つ短いひと言について、翻訳者は英単語の意味を取り違え、まったく違ったセリフになってしまった。
中学生英語レベル以下の、完全なる誤訳。
だから主人公の表情が字幕の内容と合っておらず、せっかくの感動シーンも台無しだった。
字幕を担当した人はいったい、プロなんでしょうか?(この字幕の人を検索して調べたら、他にも字幕をやってるようです)
この放送で初めてこの映画に接した人も大勢いたと思うのに。
ある映画作品に対しての「初見」という経験は、あとにも先にもたった一度しかできないのです。
誤った字幕でその「初見」が台無しになる。
で、ここから香港ネタに入りたいと思うのですが、この本。
「最強香港アクションシネマ」(1998年/フォレスト出版)。
この本の著者はベイ・ローガンという人で、香港のアクション映画に造詣が深い人らしいのだが私はあまり知らない。原版はイギリスで刊行されました。日本語版は本文2段組みで367ページの分厚い本です。
この本、私は原版を知らないので、本としての本来の出来はわかりません。
だから全体を通しての「本のコンセプト」そのものがいいか悪いかしか判断できないです。それを前提にこの本の原版の出来を推測するに、この本はいろいろなエピソードとともに香港のアクション映画のことが書かれてあり、かなり充実した「読める」構成になっていると思います。
ところが、この日本語版の出来が良くありません。
刊行当時にこの日本語版を読んで、すごい変な訳があったことを覚えています。
いま、久しぶりに本棚から出して、その箇所を探してみたら、見つかった。
これこれ。
ブルース・リーの映画「死亡遊戯」の舞台裏の話が書かれています。その中にこんな一文があります。
「エンディングに加えて、リーは映画のプロモーションフィルムも撮影していた。
彼はイノサントとチイ・ホン・ソイを 香港の新しい縄張り に連れて行き、彼らが
多くのスタントマンを打ちのめすのを撮影した。」
(64ページより)
この太字のところ、翻訳者の完全な勘違いだ!!!!
多分、これは私の推測が当たっている。
この翻訳文の「新しい縄張り」の箇所は、英語の原文では「New Territory」となっているんだと思う。
「New Territory」、すなわち、「ニューテリトリー」。
これは「新しい縄張り」じゃなくて、正しくは、九龍北部の地名(エリア名)で、「新界」( =「New Territory」)のことです。
ブルース・リーは黒社会の人じゃないですから、縄張りなんか持ってなかったはずです。
新樂酒店のレストランとか行きつけの店はあっても縄張りは持ってなかったと思います。
彼は自分の「新しい縄張り」じゃなくて「九龍の郊外の新界」にふたりを撮影に連れていったのではないか。
だって、香港映画では、大昔から、新界の野っぱらでアクション映画の撮影が行われてきましたからね。
ほかにもおかしな訳があったと思いますが忘れたので取り上げるのはこの一個だけにしておきます。
この本の問題は、もともとは翻訳者が香港や香港映画に詳しくなかったことにあると思います。
しかし、翻訳者だけの責任ではなく、そもそもの翻訳者の人選や、出来た原稿を香港や香港映画についてそれなりに知識のある人がチェックをしなかったことにも問題があると思います。誤字も多いし。
アマゾンにレビューが1件ありました。やっぱり訳文に対して、酷評です。(コレ)
思い出したのでついでに以下も挙げておきます。
香港のショウブラザースの邵逸夫がアメリカのプロダクションに出資した、映画「ブレードランナー」(1982年アメリカ/香港)について解説したこの本。
「メイキング・オブ・ブレード・ランナー」(1997年/ソニーマガジンズ刊)
推測するに、日本語訳の原稿をおそらくノーチェックで印刷所に入れたんじゃないか。時間が無い場合はそれも仕方ないだろう。しかし、何が悪いって、ノーチェックの原稿で組み上がったゲラをいっさいの校正もせずに、そのまま刊行した……ような気配が、濃厚なのだ。そうとしか思えない。
この本の訳について書かれたブログやサイトなど。
この本についてもアマゾンのレビューで最低ランクの「1」を付けて、訳文のひどさについて指摘している人がいます。(コレ)
私は「ブレードランナー」の細かいことはよく知らないので誤訳についてはさして気にならなかったが、誤字脱字の多さに驚いた。
翻訳本も映画の字幕も、翻訳者よりも中身に詳しいその世界のファンやマニアはいろいろと誤訳の指摘をしたいところででしょう。
でも、私は、どっちかというとそれよりも、書籍の誤字脱字に腹が立ってしまいます。
翻訳の巧拙や誤訳は、センスも含めた能力の問題だ。でも、誤字・脱字は、能力ではなく関係者の「手抜き」が原因。
プロとしての能力のなさで出来た内容のマズさはガマンできる。でも、関係者のいいかげんな仕事の結果にお金を払わされてしまったことに怒りを感じてしまうのです。
あと、この2冊のうちのどっちかで、誤字脱字よりももっとすごい箇所があったのですが、今回は探しきれないので特定しません。
どんなすごいことかというと、まったく同じ文章が、ごっそり、数行分、ダブって繰り返し掲載されている箇所があったのです。
どんなすごいことかというと、まったく同じ文章が、ごっそり、数行分、ダブって繰り返し掲載されている箇所があったのです。
と、こんな感じのページがあったのです。
校正していたなら、文章がブロックごとダブって出てくるなどという、こんな大きなミスを見落としを起こすとは思えない。
だから、おそらくは、そもそも、いっさいの、校正をしないまま本を刊行した、そういうことだと思います。
映画の字幕は字幕担当者ひとりに最後までお任せでノーチェックというシステムらしい(それこそが問題だが)。
しかし、本の場合、最初の原稿が書かれて1冊の本になるまでには、本来、複数の人間の目によるいくつかの「関所」を通過することになります。
しかし、この「最強香港アクションシネマ」や「メイキング・オブ・ブレードランナー」の日本語版には、それがなかった。
翻訳書の誤訳も映画の字幕誤訳も、「ノーチェックで関所すり抜け」ということです。
いた、あるいは最初から「関所そのものが無かった」。
あのね、お金を取るんだったら、本として出す前にね、せめて一回くらいは誰かが原稿やゲラに目を通して校正してくれよ。
上に挙げた「最強香港アクションシネマ」や「メイキング・オブ・ブレードランナー」はそれが行われていない。
そして冒頭の「アインシュタイン」の本はそれ以前の話の、前代未聞のトンデモ本。
で、思った。
「機械翻訳は、まだまだだな」
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